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2010年3月

2010/03/13

スクール・オブ・ロック(School Of Rock)

学校でロック、という背反性が面白い

Schoolofrock1  タイトルはSchool of Rock、ロックの学校。ここに出てくる、ジャック・ブラック演じるデューイは教員ではありません。バンドをクビになり、生活費(家賃)を稼ぐ必要に迫られ、ルームメイトの友人になりすまして名門小学校の代用教員でバイトする、というロック・ギタリストです。彼は、単なる金稼ぎのつもりで、授業中はrecess(休憩)、と宣言するなどむちゃくちゃな授業を始めます。そんなの、教育じゃありません。学校じゃありません。

 他の教員の受け持つ音楽の授業を偶然見かけ、生徒たちに音楽の才能があることを知ることに。そこで、彼らにロックを教え込み、School projectで発表するんだ、とウソを言って、自分が出たかったバンドコンテストに出場させようと企みます。ロックを教える、っていったって、結局は自分が賞金を得たいと思っているだけで、子どもたちを利用しようと思っている自己中心的な男です。そんなの、教育じゃありません。学校じゃありません。

Schoolofrock2 デューイ自身も言っているように、「ロックの本質は反抗」です。巨大な力を持つ権威・権力に反抗し、管理抑圧されてきたことへの怒りのエネルギーがロックンロール、なんです。指揮者の元、一体感を持って演奏するクラシックこそ学校にふさわしいのであり、人に盾突くロックは一番似つかわしくないんです。だから、ロックを教えるなんて、学校じゃありません。いや、学校で教えるロックなんて、ロックじゃない、と言った方が正しいでしょう。

 その、背反性をうまく利用したのが、この映画です。

 これまで学校を舞台にした映画には、高い人間性を持った教員が常識にとらわれずに子どもたちと向き合い、子どもたちを成長させていく姿が描かれてきました。

Schoolofrock3  しかし、デューイは全く違います。我がまま勝手、言い邦題の偽教師が、同僚教師たちにロック授業を見られないように、子どもたちに「監視」や「アリバイ作り」までさせてロックをやり続けます。その様子を見て、日々親や教師達に厳しく管理されてきた子どもたちが共感を持ち、自分の気持ちを表現し始める所は、自然な流れです。その過程を教育と呼ぶのには無理がありますが、「そんな生き方でもいいんだ」「自分は自分のままでいいんだ」と安心させてくれるので、むしろ「体を張ったカウンセリング」とでも言えるかもしれません。

 そして、最後に子どもたちが自らの意志で行動することになるわけです。そう、反抗することも戦うこともロックなんですが、自分を表現することも、自分自身の存在を肯定することも、行動することもロックンロールなんですよね。学校でロック。自分勝手と自己表現の境目は判別し難いですが、この学校の子どもたちに必要だったことがロックの精神だったんですね。

Schoolofrock4  最後に一言。演奏場面も楽しい映画です。子どもたちが本当に演奏しているですね。演技ができる人を選んだんじゃなく、演奏できる子を探したそうです。子どもたち全員が控えめなのは、演技と言うより、地のままなのかな。唯一、ハリウッドの有名子役、クラス委員のサマーちゃんの優等生ぶりは、この手の映画には不可欠ですね。大人ぶった発言は、ロックンローラー・デューイの癪に障るのがよく分かります。彼のサマーちゃんの扱い方には抱腹絶倒でした。また、最後の演奏場面、デューイの衣装はネクタイに半ズボン、って、これは完全にAC/DCのギタリスト、アンガス・ヤングですね。これまた笑いが止まりませんでした。

2010/03/09

ハート・ロッカー(The Hurt Locker)

戦争中毒患者は描かれているけれど

Hurtlocker1

 アカデミー賞とったからでしょうね、1回目の上映に合わせて映画館に着いたんですが満席で、次の上映時間まで待たされてしまいました。映画を見に行って、久しぶりですね、こんなこと。ダ・ビンチ・コード以来かな。本当は昨日(月曜日)に行くはずだったんですが、仕事の代休がずれて今日になってしまい、アカデミー賞発表の後なので心配していた通りの混雑ぶりでした。

 さて映画の内容ですが、プロットそのものは書かないで、印象的なことを書いていきます。

 観客を引きつける、そして戦地の雰囲気を伝える演出は見事です。バクダッドでの爆発物処理班たちのミッションには、いつ爆弾が爆発するか分からない、銃声が飛んでくるかわからないわけです。その現場を漂う緊張感がスクリーンを覆い、その場にいるような緊迫感を私たち観客も共有できる演出です。ストーリーを妙にひねらず、一つ一つの爆発物の処理が、戦場での日常の一コマとして日記のように描かれます。そこには、同僚の死も、バクダッド市民の死も、テロリストの死も、あります。それも日常の一コマとなっています。戦地では感情移入していたら正気ではいられないのでしょう。だからあえて淡々と描き、それが戦争の恐ろしさであると伝えたかったのではないでしょうか。

 また、処理班の中心三人の人物設定が三者三様であるのも、この映画の良さを引き出してくれます。

Hurtlocker2  「危険中毒」とでも形容してもよさそうな爆発物処理班長ジェームズ1等軍曹。映画の冒頭で、「戦争は麻薬である」とナレーションされるが、彼はその麻薬中毒者の一人でしょう。危険を顧みず果敢に爆発物の起爆装置を取り外す行為は、軍の上層部からは勇敢な兵士として称賛されるでしょう。もしくは、死と隣り合わせであることに、アドレナリンが噴出するのでしょうか。ただし、その行為は時には人を窮地に陥れたり、感情の爆発をともなうこともあります。仲よくなったイラク人少年のエピソードは、その感情の起伏の様子を如実に表しています。

Hurtlocker3  常に冷静な行動をとるサンボーン2等軍曹。班長の側近で、最前衛の警備をする彼は、勇敢に敵に立ち向かい、銃の腕も作戦遂行能力も高い、優秀な兵士です。しかし、基地に戻り自分の任務について振り返ると、死の恐怖の前に震え、おののき、「死にたくない」と気持ちを吐露するほど、気持ちは繊細です。今は独身であるけれど、子どもや妻と暮らす未来を夢見る、善良なアメリカ市民がそこにいます。

Hurtlocker4  銃を持っていてもなかなか引き金を弾けないエルドリッジ技術兵。常に「撃っていいのですか」と命令を求め、それでも撃つ決断ができない、というひ弱さを持っています。今までの戦争映画なら、こんな心優しい男は、戦地では必ずといっていいほど命を落とす役柄となります。でも、そんな気持ちを持ったまま戦地から帰還する兵士もいるはずです。そんな、名も刻まれない、有名でもない、ごく普通の若者兵士の代表がエルドリッジではないでしょうか。

 ただ、ここにこの映画の私の不満な点があるのも事実です。この映画はドキュメンタリーではないわけで、何らかのメッセージが込められるはずです。ジェームズの心境は映画の中でよく描かれています。帰還して日常の生活に戻った途端に空虚な気持ちになるのもよく伝わってきます。「戦争中毒症状」にかかってしまった兵士の心の闇、とでも言いましょうか。しかし、それと対比されるはずのエルドリッジの心の中は、あまり描かれているとは言えません。サンボーンについてもしかりです。本人が心境を吐露する場面は一度づつありますが、それだけです。「善良な市民、普通の若者」が戦地の送り込まれる不条理さを、もっと描いて欲しかったと思うのです。彼らが帰還して、どのような心の闇を抱えるのか。それはジェームズとは違ったもののはずです。爆弾処理のエピソードを一つ削ってでも、そんな場面を挿入して欲しかったのです。

 ところで、タイトルのhurt lockerとは、チラシなどでは「行きたくない場所・棺桶」と訳されています。もうちょっと丁寧に言うと、hurtとは「傷つけられた」、lockerは日本語と同じく「ロッカー・小部屋」であり、ここから「精神も肉体もひどく痛めつけられる場所」とか、「究極の痛みをともなう場所」という意味でベトナム戦争の頃から使われていたようです。とりわけ、爆発物で負傷した兵士を「ヤツはハートロッカーに送り込まれたんだぜ」と言う風に使っていたみたいです。

 

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