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映画タイトル別一覧

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    外部HPに、当ブログの映画レビューの記事「映画タイトル別一覧」を作りました。

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2010年1月

2010/01/31

マイケル・ジャクソン THIS IS IT(THIS IS IT)

ギターの女の子が気になってしょうがない

Thisisit1  マイケル・ジャクソンがロンドンで行う予定だったコンサートのリハーサル風景を編集したドキュメンタリー映画、ということで、当然の関心事は「マイケルがどんなコンサートをしようとしていたのか」でしょう。

 でも、映画を見て、気になってしょうがなかったのは、Beat Itでエドワード・ヴァン・ヘイレンが弾いたギターソロや、Black Or Whiteでスラッシュが弾いたリフを、カッコよく弾いていたプラチナ・ブロンド髪の女の子。かわいい顔してほぼ完コピできる相当のギターテクニックの持ち主なんです。リハだから、ということもあるんでしょうが、マイケルと堂々と渡り合ってるし、何といってもギターを弾く姿が可愛いカッコいい!こんなタイプの女性ギタリスト、今までに見た事がないんですね。途中で、インタビューが出てきて、あわててメモを取り出して名前を控えました。
Thisisit2

 オリエンティ・ハネガリス

 聴いたことない名前です。素人かも。無名のスタジオミュージシャンかも。でも、マイケルよりもある意味目立っていました。かなり長いリハーサル期間があったらしいので、それだけ予定を空けられるミュージシャンが必要だったんでしょう。そうなると無名の人しかいなかったのかもしれませんね。
 だって、亡くなってしまった今でこそマイケルは持ち上げられていますが、コンサート開催を発表した時、ファン以外で喜んだ人がどれぐらいいたのか。メディアはもちろんのこと、同業ミュージシャン達もはたして好意的だったか疑わしいわけです。

Thisisit3  オリエンティの印象は私には強烈でしたが、オリエンティ以外の、無名の無数のダンサー達の演技(ダンス)も、本当に輝いていました。誰もが、マイケルのコンサートに「採用」された喜びで、必死に練習していたんでしょうね。その必死さがひしひしと伝わってきます。彼らの一挙一動がきらきらと輝いています。

 マイケルが亡くなる直前まで、ダンサーとして、ミュージシャンとして、エンタテーナーとして一流であったことは、この映画からもちろんよく伝わってきましたが、彼の周りの多くの無名のアーティストの方の素晴らしさの方にむしろ感動しました。

 ところで、ギターのオリエンティ嬢、最近デビューしたみたいですね。日本版には「オリアンティ」で表記されていました。

 デビュー曲  According To Youについてはこちらへ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/32768709.html

 マイケルのラストソング、This Is Itの訳詞はこちらへ

http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/34138721.html

2010/01/23

キャピタリズム マネーは踊る(Capitalism : A Love Story)

見ていてどんどん腹が立ってくる!!!

Capitalism1  マイケル・ムーア監督、過去の作品は、自動車産業・銃社会・政治と戦争・健康保険、といった重要なテーマに対し、本気とジョークでドンドン切り込 んでいました。ドキュメンタリーでありながら、明らかに一つの方向に気持ちを向かわせる手法には批判もありますが、確信犯的な姿勢にひたすら感心するばか りでした。ジョークも冴えていて、時折挿入されるアニメっぽい映像もアイロニーたっぷりで楽しむことが出来ました。

 ところが、今回のはちょっと違います。はっきりいって、楽しめません。腹が立ってくるばかりです。

 ジョークっぽいのは、ウオール街に装甲車で出向いて、$マークの袋に「金返せ」って叫ぶ場面でしょうが、あまりにストレートすぎて笑えません。お馴染み、ブッシュ前大統領の演説にテロップらナレーションを加える手法も、アイロニー度は過去の作品程ではありません。
  タイトルであるCapitalismは、訳せば「資本主義」。ついに、アメリカ社会の哲学であるイデオロギーそのもの、本丸に切り込んできました。そのた めかな、今までの作品にあったジョーク的な雰囲気が無くなっている気がします。野球のピッチングで喩えれば、遊び玉一球も無し、ストレートで三球三振狙 い、といったところでしょう。

 つまり、アメリカ社会の富裕層、特に金融界の大物に対し、様子見も無く、からかいも無く、ひたすらまっすぐに攻撃を仕掛けているのです。サブプラ イム・ローンなる「錬金術」を考え出し、バブル経済を巻き起こした金融界が、今度は破綻するや否や国民の血税を投入され、自身は責任をとるどころかちゃっ かりと「報酬」を受け取るという事実を、具体例を上げて描き出しています。「規制緩和」の名の元、消費者や労働者を守っていたと思われる法律までも、経営 者側に有利に働くように改正されていった様子も紹介されます。また、従業員に勝手に生命保険をかけ、亡くなった後には遺族に渡さず自分たちが大金を受けと る企業の経営者たちの姿も描かれます。それは、もうジョークどころではありません。富裕層ではない(なれない)私は、そんな映像を見せられれば見せられる ほど怒りが込み上げてきます。腹が立つ、というのは、映画に対してではないんですよ、映画の題材となった「彼ら」に対してなんです。

 かつてチャップリンは、「一人を殺せば殺人犯だが、多数の人を殺せば英雄になる」と、映画「殺人狂時代」で主人公に言わせました。この映画ではさ しずめ、「非力な一人の僅かな借金は問答無用に取り立てられるが、強大な富裕層の借金は返済免除どころか責任をとらされることもない」ということでしょう か。

Capitalism2  そんな資本主義社会における富裕層が唯一危惧するのは、富をどんなに独占しようが一人につき一つしか持てない投票権なのだ、と大手銀行シティバン クのレポートは指摘しています。ムーア監督の面白い所は、この事実を自分で言わないで、「敵のレポート」か引用してくる所でしょうね。だから、われわれ一 般国民は怒りを結集して、その一票を行使しよう、と呼びかける事に繋がっていくのです。

 それで見えてきました。ムーア監督の狙いがここにあるのだと。そう、とにかく観客を怒らせよう、怒りの矛先を金融界に向けよう、と。ジョークは抑え目にして、ストレートに攻撃しようと。
 映画を見ていてひたすら腹が立ちっぱなしだった私は、もうこれで絶対に「規制緩和」って言葉にだまされんぞ、顔が労働者か「彼ら」経営者かどちらに向いているのかで政治家を判断するぞ、と強く心に誓いましたよ。

 そんな私は、ムーア監督にまんまとひっかかった、ということですね。


 そしてこんなことをアジりたくなりました。

「みんな、自分が金持ちになれると思ってんの?
    American Dreamを達成できると思ってんの?
    労働者じゃなく、経営者になれると思ってんの?
    リストラは自分には関係ないと思ってんの?
    人の給料下げて、自分は下がらないと思ってんの?
    自分より「下」の人を見て、自分が「上流」だとでも思ってんの?」

「そんなんじゃ、支配者の思うツボだよ。権力者の掌の上で踊ってるだけだよ。
日本でも、金持ちのための、経営者のための政党を支持するのは止めようよ。」

「あんた、最近給料上がったの? 収入増えたの? 
日本でも、ほんの僅かの人が富をかっさらってんだよ。」

「キャピタリズムでの話、決してアメリカだけの話じゃないよ。
それでもあんた、金持ちの仲間になれるとでも思ってんの?」

2010/01/20

第9地区(District 9)

エビさん、グロテスクすぎで共存できるかなあ

District91  アメリカでの評価は高いんですよね、低予算で驚くほどの興行収入だったとか。年末に乗った飛行機の機内エンターテーメントでやっていたので、見てみました。

 異星人たちが、地球(なんで南アフリカなんだ?)に「難民」としてやって来る、そして一角をDistrict 9として居住させる、というもの。その区画である第9地区(District9)が「スラム化」したために、地球の人間が移住計画を画策し、その時起こる事件、、、というストーリー展開。
 設定はMen In Blackっぽいですが、大きな違いは、Men..では異星人が人間と姿を「似せて」紛れて暮らしているけれど、この映画では異星人たちがそのままの姿で地球で暮らしていること。そして、「隔離されて」生きている、ということ。その設定の違いが面白そうだな、と序盤は思いました。すなわち、Men..では異文化の人々が、自分の姿という最も基本であるアイデンティティを認められず、「同化して」生きることを強いられているのに対し、この映画では同化することを求められない替わりに、「隔離する」ことを強いられるのです。この違い、興味深いです。ストーリーはどう展開するんでしょうか、楽しみでした。

 異星人たち、人間に「エビ(prawn)」と呼ばれてます。その「エビ」さんたち、宇宙船で来た割には、随分と前時代的な暮らし方しているんですね。知能も高そうに見えないし。人間に簡単に腕をもぎ取られたり、すんでいる所を強制移動させられそうになるし、散々な扱いです。もう、彼らの逆襲がいつどこで起こるのか、それとも、彼らの仲間が助けに来るのか、、、興味は湧きます。

 でもね、エビさんたち、容姿があまりにグロテスクです。飛行機でのミニモニターで見ていても気分が悪くなるんですが、大画面で見たらもっとキツイでしょうね。ましてや同じ地区に住むなんて、私にはできそうにありません。これって、民族差別なのかな、と考えたんですが、どうでしょう。私、ヘビやトカゲといったハ虫類は大の苦手です。この、エビさんたち、他民族というより、そんなハ忠類に近いものを感じたんです。面白そうなストーリーだったんですが、その容姿を繰り返し見せられて、飲み物すらのどを通らなくなりました。

 直視を避けつつストーリーを追いましたが、途中からはMen In Blackではなく、The Flyっぽくなり、なにか絶望感が見える展開になりつつあります。人間のエゴと自己中心的な考えが充満してきます。このあたりから、当初の「同化か隔離か」という、私のストーリーを楽しむ意味は消えていきました。

 エビさんと共存できる、と答えられる人だけ、見た方がいいですね。私には、、、、、無理!

2010/01/18

ファーゴ(Fargo)

実話なんてウソ、だからコメディです

Fargo1  コーエン兄弟の出世作です。サスペンスなんでしょうか、ドラマなんでしょうか。いや、コメディでしょう。しかし、笑えません。笑えないコメディです。

 なんか、訳の分からない書き出しになりました。笑えないコメディ、ってどういうことか、ですね。

 「これは実話ですThis is a true story)」なんて、クレジットが出ます。まずここからジョークです。コメディです。「実話」なんてウソです。こんな実話があるわけありません。自分の妻を誘拐させ義父に身の代金を払わせる、自分が頼んだ犯人に自分の仕事場から新車を与えてしまう、そんなアホな計画、実話なわけがありません。私が勝手にこんなこと言っているんではないですよ、エンドクレジットでちゃんと、「登場人物は全てフィクションです(all persons fictitious)」って出ますから。また、途中で何度も木こりのようなオブジェが出てきます。何度も出てくるんで何だろうと思ってました。あとで調べてみたら、ポール・バニヤン像というもので、アメリカの「ほら吹き」の象徴だったんですね。だから、実話なんかじゃありません。

 コーエン兄弟の頭の中、どうなってるんでしょうね。

 ファーゴは、ミネソタ州の都市の名前で、映画の冒頭で出てくるだけです。それでも、タイトルが「ファーゴ」なんですから、これまた訳分かりません。コーエン兄弟、ジョークばっかりです。

 さて、ストーリーですが、物事は計画通りには進まない、という象徴のようなお話。だいたい、冒頭にも書いたように、自分の妻の誘拐計画、なんてアホな話、ないですよね。殺しを依頼する、なら、そんな事件しばしば耳にしますし、悲しいことに殺人犯は逃げ切ることもよくあります。でも、誘拐犯は捕まるんです。捕まったら、計画はみんなバレルでしょ。そんなアホな計画がしくじるのは見ている観客の予想通りではあります。そういう意味では、奇想天外なストーリーではありませんので、人が次々死んでいきますが、なぜか落ち着いて見てしまいます。そんな自分が怖くなったりもします。でも、ジョークだ、と思って観ているから、観ていられるんですね。ちなみに、私はホラーもアクションも基本的には嫌いです。でもこれはコメディだと思っているので大丈夫です。

(ここからネタバレです)



Fargo5 コメディとしての面白さは、妻の誘拐犯からの金銭受け渡し場所に自分が行くはずだったのに、義父にその役を奪われてしまい、何も言えなくなってしまう場面にもみられます。あの時の、夫(ウイリアム・メイシー)の演技は秀逸ですね。慌てぶり、気の弱さ、哀れでもあり可笑しくもあり、です。そんな男が、こんな誘拐計画、できるわけありません。そこがジョークです。こんなキャラを作るなんて、コーエン兄弟、変人です。

Fargo3  また、誘拐犯の2人のうちの、寡黙な大男、このキャラは形容し難いですねえ。自分なりの殺しのルールがあり、それは決して人には分からない。このキャラの延長に、アカデミー賞受賞の傑作「ノー・カントリー」のヒットマン、アントン・シガーがあるのかな、と思いました。もっとも、ノー・カントリーの原作はコーエン兄弟ではないですが。

 でも、ストーリーではなく、展開全般にリアリティがあるため、どうしても声を出して笑える、というのではりません。鼻で、「フッ」って笑える程度なんです。そこが「笑えないコメディ」という意味です。スベっている、という意味ではありません。

 最後に、一面の雪景色に、真っ赤な血の色が広がる、という場面が始めと最後にあります。異様なコントラストです。エンディングでの、ウッドカッターで遺体を刻む場面は特にそうです。遠景ですが、その光景は瞼から離れません。印象的すぎて、ちょっと苦手です。ここにはジョークを感じられませんでした。苦手なんです、グロさを想像出来るものは。

2010/01/16

パブリック・エネミーズ(Public Enemies)

確かにデリンジャーの伝記なんだけど、、、

Publicenemies1  世間の敵(public enemy)と言わしめた、大恐慌時代の銀行強盗、ジョン・デリンジャーを描いた作品です。当代きっての美男子ジョニー・デップが主演、ということで、ギャング映画にもかかわらず女性客が多い、という不思議な空間の中で観賞しました。
 実は、観賞してから随分たって、このレビューを書いています。というのも、この映画をどう評価していいのか、非常に迷ったからです。見てから2週間ほどして、やっと私的評価ができましたので、レビューをアップします。

 監督のマイケル・マンは、デリンジャーの生涯に余計な味付けを加えず、過剰な演出を排除し、強盗、そして逃亡、銃撃戦、仲間の死、そういった事件を淡々と描こうとしたそうです。恋愛話こそ挿入されていますが、基本は捕り物帳。銃撃戦は派手です。警官も、強盗仲間も次々に命を落とします。絶体絶命の中をデリンジャーが逃げ切るのではなく、彼の逃亡は計算尽くされています。パービス捜査官も、決して無能ではなく、デリンジャーの人脈や作戦の方が1枚上手、というだけです。犯人を執拗に追いつめる姿は、この映画をサスペンス足らしめています。そういう意味で、非常にリアリティあるプロットになっています。実話を元にしている、といいつつ、妙に劇的な演出やプロットを用意することなく製作しています。テンポもありつつ無理に飛躍しないストーリーは理解しやすく、派手すぎる演出で苦笑してしまうような場面もありません。
Publicenemies6  つまり、実話を元にした、セミ「ドキュメンタリー」というか、デリンジャーのサブ「伝記」(フィクションとして作られているので、セミ、とかサブ、と付けました)としては、傑作ではないか、と思えるのです。

 ならば、星5つか、というと、そう言い切れないことも事実です。リアリティがあるから映画として評価されるのか、ドキュメンタリータッチならば伝記はすべていいのか、という問題です。
 映画というのは、主人公にどれほどの魅力があるか、または主人公でなくともその他の登場人物に感情移入できるか、というのがカギであり、映画の評価を左右すると思うのです。事実を積み上げるだけでも、魅力的に映る人物はいます。エピソードの選び方一つで、魅力を引き出せるのです。

 ならば、この映画のデリンジャーはどうなのか。残念ながら、私には魅力的な人物には思えなかったのです。それは、ジョニー・デップの演技によるものではありません。エピソードの選び方にある、と思うのです。銀行強盗の話ですから、どのように強盗を働くのか、どう逃げるのか、が主要なエピソードになるのは当然でしょう。しかし、仲間を一人づつ失いながらも強盗を続けつつ、その死を振り返りもしないデリンジャーの姿の、どこに魅力を感じるでしょうか。自分を守ろうとしてくれた恋人を警察に拘束されても、淡々と次の強盗を行い、助け出そうという素振りも見せないデリンジャーに、どうして感情移入できましょうか。極悪非道な強盗でも、人間としての強い悲しみを見せ、泣き崩れるような面を見せたりすることで、人間性が浮かび上がってくると思うのですが、そんな場面はほとんどありません。マイケル・マン監督は、敢えてそうしたのでしょうが、それはエンターテーメントとしての銃撃戦や捕り物帳を楽しむしかない、という結果になってしまったのではないか、と思うのです。

Publicenemies5  それゆえ、映画のラストのセリフ「バイバイ・ブラックバード」も、ビリーと同様、本来なら涙が溢れてきてもおかしくないはずなのですが、そのセリフだけが妙に浮いてしまっているのです。淡々と描いておきながら、唐突に感情的な場面で終わるんです。それこそ、今思うに、「そう終わるなら、もっと伏線を引いてよ」と。

 完成度は高く、出来は良いけど、ストーリーにのめり込めない、そんな映画だった、というのが印象です。「アメリカン・ギャングスター」、「ジェシー・ジェームズの暗殺」など、主人公の人間性とその周りの人々の感情を描いた同系統の作品に比べ、感情的な面をあまりに抑えすぎたのではと感じました。

 

2010/01/10

カールじいさんの空飛ぶ家(Up)

前半◎、中盤△、後半○

333261view003  映画の始め、主人公のカールの幼少時代のお話はお見事です。おてんば娘エリーとの出会い、そして結婚、子宝に恵まれなかった理由、その後の生活、二人の夢、そしてエリーの死を迎えるまでのお話が10分足らずで続く場面の作りが傑出しています。セリフ無しで映像だけでストーリーを説明していく手法には、涙腺が緩みましたね。
 そして、カールが家を風船で浮き上がらせることになった経緯と彼の決意も非常に分かりやすくなっています。ここはディズニー作品らしく、小さな悪(ここでは開発業者)を立て、主人公に感情移入しやすいようにキャラクター設定しています。大人でも楽しめる展開で、◎評価ですね。
 また、アジア系の男の子を登場させ、カールにはその男の子にちょっとした意地悪をする、というのも人間臭くていいですね。モラルの高い大人ではなく、自己中心の大人、という設定。カールは、夢を追う時は少年らしさを見せ、少年と対する時はちょっと意地悪な大人となります。完璧な大人ではないカールという設定。
 少年も、老人のお手伝いを、といいながら結構自己中心に振る舞い、これまた下世話で人間臭くてイイです。 

333261view001  と、ここまでの前半は、ストーリーにどんどん引き込まれていきます。家が題名通り空を飛んでいる間は。

 そして、いよいよ南米のパラダイス・フォールズに近づいてきたあたりから、これまたディズニーらしい奇想天外なプロットが待ちかまえます。ネタバレしないで書きますが、子どもは楽しめるでしょうね、その展開は。でも大人は無理かもしれません。飼いならされた犬たちの登場で、南米奥地への夢のある冒険旅行のはずが、ある意味「日常の生活」っぽくなってしまうんです。正直、中だるみという感を拭えません。私には△でした。

 後半に入り、やはり小悪党の登場、ディズニーはそうでなくっちゃ、ストーリーは始まりませんね。カールがエリーの真の想いを知ったあたりから、物語は急展開します。ややジェットコースター的な派手な展開になりますが、まあそれはディズニーお決まりの展開、ということでマンネリ、だなんて目くじらは立てません。小悪党を懲らしめて、ハッピーエンドに向かう、、、と思いきや、もう一ひねり。少年の家庭の秘密も明かされて、意外な場面で終わります。ヒューマニティ溢れる終わり方です。悪くないですね。

 ただ、小悪党(マンツ、とだけ書いておきます)の扱いが、私には少々不満でした。そこが、後半◎といえない理由でもあります。倒さなければならないほどの悪党ではないので、ちょっと懲らしめるだけでよかったんじゃないのかなあ。

 

2010/01/06

サロゲート(Surrogates)

もしブルース・ウイルスがブロンド髪だったら

Surrogates1  飛行機で見ました。日本公開前のレビューになるので、気をつけてレビューを書きます。

 自分の分身としてのロボットが仕事をするなど社会生活を営み、自身は家庭での生活のみに生身を使う、という発想で描かれたのがこの映画です。従来のロボット映画と違うのは、サロゲート(surrogate:代理人)と呼ばれるロボットが、本人の「理想とする姿」で自分の名を名乗り、仕事をしている、ということです。「自分の名前で」という点が面白いところです。代理になって動けば匿名性を持たせることが可能ですが、あえて匿名性を持たせないでロボットを操作するわけです。

 だから、そのロボットは、本人の容姿における「理想や願望」を体現します。その代理ロボットの姿(本人たちが二役演じているんでしょうね)が可笑しいんです。みんな妙に若返るんですね。ブルース・ウイルスに至っては、最初の登場で誰だか分からなかったくらいです。ブロンド髪がふさふさしているブルースなんて、笑うしかないでしょう!一種のコメディーじゃないか、と映画の趣旨を疑ったくらいです。

 でも、登場人物(最初はみんな代理ロボットのみの登場)の生身の姿が現れるたび、ロボットよりも疲れ切った表情を見せます。そのあたりから、面白さよりも、見ていて辛くなってくるんです。そうだよ、みんな疲れ切っているんだよ、この社会で暮らすのに、と。

 また、こんな社会、みんな実際に望んでいることなのか、と疑問にも思いました。社会生活の中には、そとで様々な人に出会い、つながりを持ち、コミュニケートし、そして身体の関係ももったりする。代理ロボットでそんなことしても、面白くないでしょ。それとも、ネット社会でコミュニティを作るのと同じなんでしょうか。「匿名性」がネット社会のキーワードだと思うのですが、このサロゲート社会は匿名性を持たせてません。あまり魅力的には見えない社会なんです。決して「理想的」には見えないんです。映画では冒頭で「殺人などの犯罪が激減する」としていますが、むしろ逆では、と思えたのは私だけなのかな。ロボットを殺しても殺人にならないなら、犯罪は逆に増えるんじゃないか、と。

 ここに、この映画の無理な設定を感じます。この社会が理想的であるからこそ、そんな社会に対する警鐘となるメッセージが込められるのですが、そうはなっていないと感じるんです。だから見ている側は、主人公に感情移入できない、ストーリー展開に理解が進まない、という事態になりやすいんじゃないかな。

Surrogates2  また、ロボットを倒したのに、その操作をしている人まで死んでしまう、という事件が冒頭に登場します。これをどう種明かしするか、楽しみにしてました。が、期待しすぎた自分を恨みました。もっとも、中盤以降のストーリー展開がテンポよすぎて、何をそんなに慌てるの、何が問題なの、と見る側の理解のペースを越えてストーリーが進んでしまう点の方が問題だったかもしれません。
 そして、せっかく匿名性を消して進んだストーリーなのに、それを使っちゃイカンだろ、という「禁じ手」を使っちゃって、エンディングに入っていきます。そのため無理やりエンディングにした、という印象が強くなり、緊迫感がありません。ここを詳しくは書きませんが、サスペンスもので緊迫感に欠けると、面白さはなくなるんですよね。ストーリーの複雑さよりもマズイ。

 そこで考えました。この映画、サスペンス調になっていますが、コメディータッチにした方が面白かったんでは、と。徹底して、匿名性をネタにもって行った方が面白かったんでは、と。思い切って、ブルース・ウイルスの代理ロボットだと思っていたものが、実はラダ・ミッチェルが操作していたんだ、とか、そんなどんでん返し風にすれば、と。

 面白い発想だっただけに、もうちょっと何とか面白い作品になったんでは、と思った次第です。

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