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2009/02/05

ミリオン・ダラー・ベイビー(Million Dollar Baby)

イーストウッド監督、私には出来ません。

Milliondollarbaby1  クリント・イーストウッド監督、ポール・ハギス脚本、出演にヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン。アカデミー賞作品、となれば、期待せずにはいられない映画。「ミスティック・リバー」の感動が再びか、という想いで観賞。

 前半は、息もつかせぬテンポで、ストーリーは進む。女性ボクサー・マギー(ヒラリー・スワンク)と、老トレーナー・フランキーの、「疑似父娘」的な人間関係と感情が、ひしひしと伝わってくる。ともに、家族の愛情に餓えている、満たされない想いが、お互いを惹きつけ合う、という展開はわかりやすく、感情移入も自然にできた。やっぱり、これは名作だ、と思えた。特に、フランクが出し続ける娘への手紙に、決して満たされることのない家族愛が見え、心にジーンときた。マギーの母親は、ちょっとデフォルメされすぎているきらいはあるが、女性が一人でここまでストイックに戦う意味をここに見て取れた。

Milliondollarbaby2  だが、後半は、完全に予想をはずされた。ボクシングの試合での事故、そして不随の身となるマギーに、献身的に介護するフランキー。この映画は、こんな展開なの、と驚いた。前半とは打ってかわって、坦々と、悲しさだけが強調される。疑似父娘の心はさらに一つになって行き、悲劇の結末へ繋がる。
 どうしても理解できないのは、マギーが家族愛に人生に絶望して、人工呼吸器を外すことを望む中で、それはできないと拒み続けながら、最後には同意するフランキーの心境についてだ。ほぼ自分の娘といっても過言ではない関係になったマギーに対し、本人が望むといっても、死に到らしめる行為は、理解しがたい。いや、理解したくない、といったほうがいいかも知れない。完治の望みがなくとも、意識がある彼女の死を認めること、私には出来ないだろう。いや、できない、と断言したい。
 尊厳死、と言う言葉がある。延命医療を本人が望ない、という意志があれば、生命維持装置を外させ、安楽死することができる、と言う意味なのだが、果たしてこの場合は、尊厳死に当たるのか。意見の分かれるところでもあろう。私は、これを尊厳死と呼ぶことには抵抗がある。マギーの受けている治療は延命治療かもしれない。が、意識のある段階で、維持装置をはずすことは現代医療においてはやってはいけないことだろう。私はそう思う。

Milliondollarbaby3 イーストウッド監督の狙いはそこにあったことは間違いない。「あなたなら、どうするか」「あなたはどう思うのか」と私たちにこの恐ろしい質問を投げつけてきたのだ。だから、私の上記の答えは、この映画への批判ではない。批判する所ではない。彼の問いに対する答えである。そう、私たちはこの映画を見て、(言い過ぎかもしれないが)答える義務がある、と私は思う。

 最後に、モーガン・フリーマン演じるフランキーの盟友エディ。この登場人物のおかげで、第3者的視点が加わり、映画に深みを持たせてくれたことは疑いようがない。その人物に、フリーマンを配したのは、見事という他ない。

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