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2009/02/21

チェンジリング(Changeling)

不条理な現実の中に光る一筋の希望

332551view006  脚本家のJ・マイケル・ストラジンスキーが、ロス市の古い文献から、2つの事件を見つけ出した。1つは、ウオルター・コリンズ少年の誘拐失踪事件、およびそれにまつわる警察の動き。そしてもう1つが、ゴードン・ノースコットによる連続児童誘拐殺人事件。後者事件犯人のノースコットは、逮捕後ウオルター少年の殺害について、認めたり否認したりと、供述を二転三転させつづけていた。ストラジンスキーはこの2つの事件をつなぎ会わせたオリジナル脚本を完成させ、ロン・ハワードに映画化を持ちかけた。一旦はハワード監督が映画化しようとしたが、他の作品に追われたため、別の監督を探し、そこで白羽の矢が立ったのがクリント・イーストウッド、とのこと。イーストウッドは、ストラジンスキーにオリジナル脚本から、コリンズ母子のエピソードを中心に据えた形に変更するよう求めて、この映画の完成に到ったそうだ。

 そんないきさつを知り、イーストウッド監督の感性に酔った。
 殺人事件が中心となり、その謎解きが映画の主点になれば、ミステリーの域を出なくなる。そうなれば、否応無しに映画のトーンは暗く、悲劇としてのエンディングが待ちかまえることになる。それはそれで、1つの映画としての完成をみるだろう。子どもを愛する母親の深い愛情と悲劇のクライマックスで、見る者は涙を流さないで入られない、そんな映画になっただろう。もっと、ドラマチックな演出をして、さらに観客の涙腺を刺激することも、また、ミステリーとしての恐怖感や緊張感をも強調することも出来ただろう。

332551view004  しかし、イーストウッド監督はそうはしない。シングル・マザーのクリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)が、突然いなくなった(誘拐された)息子のウオルターを思う気持ちを前面に出し、「偽」の息子を「見つけ出した」と言い張る警察に対抗する意志の強さを表現し続ける。そして、不条理であまりに身勝手な警察の担当官を相手に、「自分の息子を探し出したい」という一点で、どんな過酷な仕打ちをも乗り越えようとする母親の強さを見せる。彼女の執念が周囲の人々を巻き込み、彼女を助けるブリーグレブ牧師(ジョン・マルコビッチ)も、ハリス弁護士も、彼女に寄って行く。さらに言えば、事件解明のきっかけを作ったヤバラ刑事が、上司の指示に従わず、ノースコットを捜査するくだりは、クリスティンの執念がヤバラ刑事に乗り移ったかのようだった。

 また、過度な演出は一切排除している。刺激的な映像は(皆無ではないが)極力抑え、坦々とストーリーを積み重ねて行く。そこにかぶさる音楽は、オーケストレーションではなく、単音を基調とした、シンプルでかつ叙情的な旋律。あくまで、シンプルに、モノクローム的映し出す映像。クリスティンの真っ赤な口紅の色だけが、画面に強く映し出される。それが、彼女の強さや執念を表すのに効果的となっている。

332551view010  ノースコット事件は、映画のストーリー展開で重要な意味を持っているが、結果的には真実を解き明かさないまま終焉を迎える。しかし、エンディングに待っていたのは、希望(hope)。ウオルターの優しい人柄を表すエピソードとともに紹介された事実は、クリスティンに希望をもたらしたのだ。息子は生きているかもしれない、いや、きっと生きているんだ、と。過酷な人生の中に、警察権力の前に、不条理な現実の中に、絶望的な状況の中に、一筋の希望が見えた。人生を生きて行く活力は、そんな微かな希望の中にも存在しているのだろう。不正がはびこっていた警察の中で、ヤバラ刑事の捜査も、ある意味、不条理社会の中の一筋の光明なのかもしれない。

 涙が流れる、というより、感動がジーンと心に染みいる作品だ。これぞ、名作と呼ぶにふさわしい。アンジーの演技はもちろん素晴らしいが、なにより、脚本家ストラジンスキー、イーストウッド監督、あっぱれ。

 映画のタイトルchangelingは、「取り換えられた子ども」と言う意味であることはすでに知られている。背景には、天使が可愛い子どもを醜い子どもに取り換える、という言い伝えがある。ならば、ウオルターと偽っていた男の子は、醜い子なの、と少し疑問。警察の悪事の片棒を担いだにしろ、彼もある意味、警察の被害者といえないだろうか。共犯者、醜い子と呼ぶにはあまりに酷すぎる。

 ところで、クリント・イーストウッドが映画を作ると、だいたい

1 過度な演出を抑え、心的描写に重きを置く
2 映画冒頭とラストの、象徴的な遠景
3 派手さのない、ピアノの旋律を中心とした音楽
4 われわれへの問いかけ、問題提起

となりますね。この映画もそう。
ただ、いつもだと、エンディングが悲劇的だったり、論争を呼んだりするんだけど、今回だけはちょっと違った。希望の残る演出だった。「息子が生きているかも」という希望。ストーリーそのものは勧善懲悪でもあり、悲劇でもあり、だけど、希望が見えるエンディングは、観賞後の気分はいい。

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