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映画タイトル別一覧

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    外部HPに、当ブログの映画レビューの記事「映画タイトル別一覧」を作りました。

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2009年1月

2009/01/31

レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで(Revolutionary Road)

「価値観」を共有して、夫婦は幸せになれる

332137view001  ニューヨークの郊外コネチカット州、レボリューショナリー・ロード沿いに住む、50年代のアメリカ一般中流家庭。郊外からマンハッタンへ出勤する夫と専業主婦というスタンダードな家庭の姿。その夫婦が、日々変わらない生活からの脱却を目指し、まわりの一般的な家庭とは外れた行動を試みることで、崩壊していく。そして対照的に、隣に住む友人夫婦は、普通の暮らしで普通の幸せを育んでいく。
 問題提起、というか、アイロニー一杯のプロットは、夫婦の激しい感情のぶつかり合いと融和を経ながら、ひたすら暗く続く。それぞれに夢を抱いていた男女が、結婚後子どもをもうけ、現実的になるにつれ、気持ちのすれ違いや考え方の相違が浮かび上がってくる。そんな想いは、どんな夫婦にも共感できる部分があるだけに、心に重くずっしりと響く。「アメリカン・ビューティ」「ロード・トゥ・パーディション」のサム・メンデスらしいといえばそれまでだが、幸せな若いカップルが一緒に観賞するには辛いかもしれない。結婚後の理想や夢は幻想である、と、あまりにあっけなく、現実的に描きすぎているからだ。

 しかし、絶望的か、というとそうでもない。夢は砕かれることは確かだが、この映画のテーマである、夫婦のあり方への問題提起については、示唆に富んでいることも確かである。それに深く関わる場面をエンディング付近で見ることができる。

332137view014 (1)フランク夫妻が、精神的に病んでいるヘレンの息子ジョンと会う。パリ行きの話しに唯一理解を示したのが彼、というのも象徴的。ジョンが発した言葉、「今のこの生活に絶望(despair, hopelessness)を感じる、というのは自然なことだ」(とかいう内容だったと思うが)が、私たちにも突きつけられているようで、重く響く。普通の家庭の普通の生活は絶望なのか。

332137view012(2)エンディング近くの場面。フランクたちがいなくなり、新たに若いカップルがレボリューショナリー・ロードに越してきた。友人のキャンベル夫妻は、普通の家庭の普通の生活を送っている。彼らは幸せなのである。フランク夫妻、それにジョンと、彼らではどこに認識の違いがあるのか。
 不動産屋夫妻、妻のヘレンがフランク夫妻の話をする横で、夫は補聴器のボリュームを下げる。彼は、なぜ聞きたくなかったのか。

 この2つに、私はこう考えた。
 夫婦が幸せになるための条件は、どんな生活をするか、ではないのではないか。夢でも理想でもなく、共通な趣味でもなく、ましてや資産やお金でもない。

 

それは、「価値観」の問題なのだろう。

 平凡な暮らしでも、幸せを見つけるキャンベル夫妻は、その生き方に価値を見いだしているから、幸せなのだ。そこにhopelessness(絶望)などない。
 病を抱えた息子を持ち、悩んでいるが、それでも円満に暮らしている不動産屋夫婦。聞きたくないことは、聞かない。補聴器のボリュームを下げればいいのだ。それで、円満は保たれる。
332137view015  悲しいことに、フランク夫妻にはこれがなかった。お互いの意見を言い合うことはあった。パリへ行く、という考えを実行するのは価値観が一緒のように見えた。が、その想いは全く違った。フランクは、妻の申し出だから受けたのだ。エイプリルは夫の夢を、と言いつつ、自分の現状を打破したい想いが強かったのだ。移住への価値観は全く異なっていたといえる。

 翻って、わが家夫婦。趣味はバラバラ、子どもはいない、お互い長女に長男、将来は両方の親の面倒を見る可能性大。先行きは決して明るくない(?)夫婦だが、人に後ろ指さされない暮らしをしよう、夫婦であってもお互いに気を使う生活をしよう、今を大切に生きよう、という「価値観」の確認だけは怠らないようにしている。

 夫婦のあり方を考えさせる映画だった。


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 この他、台詞の少ない場面で印象的なシーンが多い。場面や映像の切り替えに、うならされた。たとえば、

その1
 フランク(レオナルド・デカプリオ)とエイプリル(ケイト・ウインスレット)が出会い、恋に落ちた。が、次の画面ではもう二人は結婚し子どもがいる、という状態になっている。結婚前後の、あの(?)わくわくした日々は一切出てこない。いきなり口喧嘩する場面だ。私は度肝を抜かれた。そんな映画があっていいものか、とうろたえた。メンデス監督は少しも容赦しない。観客、覚悟せよ、と言われているような気がした。

その2
 エイプリルがゴミ出しをしてふと顔をあげ、何かを想う姿。その目は、「私はこんな暮らしを望んでいたのだろうか」とでも言いたげ。その気持ちは一瞬で伝わる。台詞なんていらない、表情とカメラワークで分からせるのだ、という監督の意図を感じざるをえない。

その3
 不動産屋のヘレン(キャシー・ベイツ)が、フランクとエイプリルに、レボリューショナリー・ロード沿いの住宅地を案内する場面。その直前は、所得の低そうな雰囲気の家が建ち並んでいるが、レボリューショナリー・ロードにはいるとその景色は一転、広い敷地に大きな庭、その中央に建つお洒落な(可愛い)家々が並ぶ。2つの世界大戦後に経済発展を遂げ超大国となったアメリカの象徴とも言えるような生活が画面から伝わってくる。映画のタイトルがこの通り(street)の名前となっているのは、まさに、アメリカの経済発展を支えた中産階級の人たちの生活をテーマにしていることの象徴だろう。

その4
 前夜喧嘩をしたがため、誕生日の日に浮気をして帰宅したフランク。その彼を待っていたのが、家族の「ハッピーバースデー」の歓迎。フランクの表情に、後悔・懺悔の気持ちがみてとれる。自分に落ち度がある時の、暖かい、優しい対応ほど、心の重くのしかかることはない。

その5
 パリへ移住することをフランクたちから伝えられた友人のミリーとシェップのキャンベル夫妻。夫のシェップが、子どもたちに声をかけても子どもはみんなテレビ(など)に夢中で、返事をしない。そして、隣人のエイプリルを遠くから眺める。えっ、彼女に恋愛感情を持っていたの、と驚いた。台詞一切なし。でもわかる。

 台詞よりも、画面で見せる演出。サム・メンデス監督、あなたの手腕は凄い!

2009/01/18

チェ 28歳の革命(Che: Part One / The Argentine )

感動でも落胆でもない、評価の難しい映画

331022view001  伝説の、カリスマ的存在、革命闘士チェ・ゲバラの半生を描いた伝記映画。中南米で圧倒的人気を誇る彼の魅力とは何か、それを知りたくて公開初日に観に行った。決してエンタテーメントでない映画だろうと予測がつくにもかかわらず、思ったより多くの人が劇場にいた。多くの人が関心を持っている話題作なのだなあ、と思いつつ、鑑賞。
 上映時間、2時間強。そして、観賞後持った印象がこれ。
 感動でもない、落胆でもない、非常に評価の難しい映画だ。

 ゲバラがカストロとともにキューバ革命を成し遂げるまでの事実を描いたノンフィクションであるため、意図的な感動ストーリーを捻出しているわけではない。だから、彼が若き日のカストロに誘われて、キューバに船で密航する所から、革命達成まで、どのようにゲリラ戦を戦い抜き、キューバ第2の都市サンタ・クララを陥落させたか、を丹念に描いているだけである。たいした誇張も、脚色もないであろう。まさに、坦々と描いているのだ。そこには、感動させようとか、ゲバラをことさらに神格化しようという意図は見られない。
331022view007  ゲリラ戦の間に描かれるエピソードは、チェの人柄を映し出している。文字を読めない者には学問の大切さを説き、戦闘の合間にも勉強をさせる。また、訪れた村では、医師として住民たちを診察し、とりわけ老人や子どもへ優しい目を向ける。弱者への暖かい視線がひしひしと伝わってくる。また、規律を重んじ、非道徳的な行為に対しては厳しい態度で望む。ゲリラ軍を裏切り、女性への暴行と殺人を行った者に対して容赦なく処刑する。軍事政権(政府)軍下のサンタクララを陥落させたあと、首都ハバナへ進む道中でも、政府軍から車を奪った者に対して厳しく叱責する。

 このようなエピソードは、ゲバラの、人としての魅力を伝えるには加不足ないであろう。ただ、エピソード、そして戦闘シーン、またエピソード、と繰り返される展開は、やはり記録映画の域は出ないことは確かなのだ。そこに、感動の涙はなく、ただうなずくのみ、なのである。
331022view004  もちろん、描かれる全ての出来事は事実であり、軍事独裁政権から共産主義革命を達成したという事実そのものに落胆を持つわけではない。一握りの裕福な層と大多数の貧困な民衆、という構図から、平等社会を目指そうとした革命の意図に、異議申し立てをするつもりもない。だから、落胆することでもない。
 だから、評価が難しいのだ。

 彼の戦いの映像の合間に、革命後に彼が国連で演説する様子が映し出される。これが、彼の思想的な部分を理解することに助けとなる。アメリカの資本による中南米の貧困国への搾取はアメリカ帝国主義であり、彼らが指揮する革命の正しさを訴える論理には、唸らされる。そこには、搾取される弱者への、人間への愛が感じられる。訴える姿に、中南米の民衆が彼をヒーロー視する意味が読み取れる。でも、それは感動ではない。感心、とでも言えばいいのだろうか、良い表現が思い浮かばない。

 一つ言えることは、この映画では、彼の家族愛についてほとんど語られていないという点が、私にこんな印象を持たせたのではないか、ということである。家族を語ることで、その人柄が、観る者の心に響くものとなり得ると思うからだ。彼の愛称「チェ」とは、アルゼンチンのスペイン語で、親しみを込めて呼びかける言葉、だそうであるが、民衆が彼を「チェ」と親しみを込めて呼ぶ理由はこの映画でよく理解できた。次は、家族を前にした彼の人柄を観たい、と思った。

 そういう意味で、この映画の第2部「チェ 39歳 別れの手紙」に、期待している。

2009/01/15

僕らのミライへ逆回転(Be Kind Rewind)

ハリウッド的映画製作に「逆回転」

Bekindrewind1  映画のリメイク版(Sweded)を勝手に作る、というふれ込みにひかれ、やっと近くの映画館で公開してくれたので鑑賞した。
 印象を一言でいえば、心温まるハートフルコメディ、といったところだ。
 Swededなんてことば、ないはずだけど、「スエーデン製(Swedish)」という意味で使われ、それがリメイク版という意味に転じ、youtubeのサイトにまで発展したそうなので、この映画に共感できた人が多いということなのだろう。納得。

 手作り感覚いっぱいの、リメイクというよりはパロディに近い映画作りは、どこか、高校や中学での文化祭の出し物的でほほ笑ましい。お金をかけないで、身の回りにあるもので、いかにそれっぽく見せるか、アイデア勝負という姿勢が、映画全編を通して感じられる。お金かかっていないな、というムードありありのところにこの映画の面白さがあると思う。

Bekindrewind2  ストーリーそのものはかなり無理がある。ツッコミどころ満載。たとえば、
(1)人間が高圧電流浴びてmagnetize〈電磁化する)なんて、ありえない。というより、死んでしまうだろ、そんなん! 
(2)いくら速攻でビデオ撮影といったって、わずか4時間足らずで20分ものを作るのは無理だよ。(経験からいっても)
(3)そんなんで作ったビデオが1泊レンタルで20ドル、って、そりゃボッタくりでしょ!
(4)「海賊版だ」と言われて処分されちゃったけど、海賊版とは不法コピーの製品のことじゃないのかい。不法な点というなら、パッケージを利用した、ということだけでしょ。

 ただ、そんなツッコミをいれながら、中盤過ぎまで観続けるのも悪くない。で、突っ込みたくなる俳優ジャック・ブラックを配しているのが何よりイイ。まわりを振り回す人物設定、彼以外に適役はいない。また、モス・デフの頼りなさ気な所も、ダニー・グローバーの枯れた雰囲気も、シガニー・ウイーバーの鋼鉄女振りも面白い。ミア・ファロー、随分老けちゃったなあ、60歳過ぎたんだ、と感慨深くなりながら後半ヘ。
 そして、この映画にぴったりの手作り感満載エンディングにむけての展開が待っている。街が生んだ伝説のミュージシャンFat Wallerの伝記映画を、フィクションも勝手に混ぜて、街の仲間で作ってしまおう、というもの。この発想は、いい意味でちょっと予想外で、面白かった。思いつきとハッタリとパロディでスタートした映画作りが、ハートフルで本格的な映画作りに発展するのだから。もちろん、本格的といっても、取り組む姿勢のことであり、作り方はありあわせの道具を用いて、アイデア勝負であることは変わりがないので、この映画の「手作り感覚」が上手く発展している、という意味である。最後まで手作り感を残し続けたプロットに、拍手。

Bekindrewind3  ところで、タイトルBe Kind Rewindは、舞台となったレンタルショップの名前だが、「巻き戻しは丁寧にね」「返却時は巻き戻してね」といった意味かな。邦題にある「逆回転」はちょっと違う、と初めは思ったけれど、ハリウッド的映画作りに対して、手作り感満載の映画作りは、時代に「逆回転」という意味なのかも。

2009/01/13

ウォーリー(WALL-E)

ウォーリーに郷愁を、モーに親近感を感じる

Walle1  アニメを久々に見た。CG作品は敬遠したいという気持ちがどこかにあったのだが、どうやら食わず嫌いだったのかもしれない。ディズニーやジブリの作品は、大人も楽しめるものを、と意識して製作しているのだろう。映画館で楽しんで鑑賞できた自分がそこにいた。

 極端に台詞を排除し、動作と映像だけでプロットを組み立てるテクニックは上手いなあ、とまず感心。ロボットが主人公なのだからそうなるのも必然だけど、ペラペラ喋るのではなく、ナレーションを入れるわけでもなく、動作だけで感情を表す妙技に酔いしれた。ジョークもかなり取り込んでいて、思い出したのはトムとジェリー(ワーナーブラザーズだけど)。アメリカのアニメって、本当にうまい作り方をするなあ。

 さて、主人公のロボット・ウォーリー。ちょっと容姿の雰囲気があまりにもETに似過ぎかな、というのが第一印象。デジタル時代において、彼(?)のアナログチックな動きが郷愁を誘う。手で集めたごみを四角く固めて、積み上げる。その動作はどこまでもアナログ。機械そのものを動かすのはデジタル機器であっても、存在する物質はアナログなんだ。対照的に、レーザー一発で何でもぶっ壊すイヴのデジタル感覚との対比が面白い。また、砂あらしが来ると、レーザーで自分を防御するなんてことはせず、地面に穴を掘って逃げる、って小動物のようでかわいらしい。
Walle2  ごみの片づけと平行して、アナログ製品をこつこつ集める姿にも、ノスタルジックの香りが漂う。ルービックキューブにVHS、、、集めたものを自宅の押し入れのような場所にしまうのも、アナログ人間的でイイ。ついでに言うと、指輪入りのケースを見つけて、指輪を捨てケースだけとっておく。プログラムされたデータで判断すれば、一般的な物の価値を瞬時に見極めるんでしょうが、そうでないところがアナログチック。別の見方をすれば、価値観の違いってこういうものなのかも。人の興味ってそれぞれで、決してみんなが同じものを欲しがっているのではないんだよね。
 また、ウォーリーの切なる願いが「誰かと手をつなぎたい」というのも、きわめて人間的だ。メールやネットじゃなくて、直接触れることって大切だよね。私たち忘れかけているよね、直接的な触れ合いを。

 後半に入り、科学の進歩により歩く必要のなくなった人間が、自分の体を支えきれなくなって、立つこともままならない様子が画面に登場する。これは、現代人への警鐘以外の何ものでもない。動くことを極端に排除した結果が、歩行できなくなる人間の姿。先日アメリカに旅行に行った時、セグウェイに乗っている人を見た。直立した姿勢で乗り、乗っている人間そのものに動きはない。そんな格好で人ごみをすり抜ける姿と、この映画での人間の姿が一瞬重なった。

Walle3  最後に、どうしても触れておきたいロボットについて一言。それは、お掃除ロボット・モー。汚れた箇所を見つけるとせっせと掃除する姿、掃除が終わるとホッとした表情を見せるその姿、常に主人公たちに振り回されるその姿。真面目に働いているんだけど、相手にされていない、というイメージ。好感が持てるというか、妙に親近感がわくのは何故だろうか。ひょっとすると、このモーの姿って、日常生活や職場での自分の姿と重なるからだろうか。それとも、国際社会の日本の姿とダブるからなのかなあ。

 鑑賞しながら、いろんなことを思い起こさせる映画だった。

2009/01/12

イーグル・アイ(Eagle Eye)

デジタルに対抗できるのはアナログ感覚なんだよ

Eagleeye1  私の好きな監督スティーブン・スピルバーグが総指揮した映画、ということで、前評判は高くなかったけど見に行った。ハリウッド的大げさなアクションシーンや、ストーリーのオチも何となく予想できたので、そんなに期待はせずに鑑賞。
 エンタテーメント性、ストーリー性、また問題提起という点でこの映画を検証してみる。

 まず、エンタテーメント性。カーチェイスあり、タイマーがチクタク動くスリリングな展開あり、銃撃戦あり、で、ハリウッド的大仕掛けが好きな人にも楽しめる内容だろう。でも私のように、そんな場面に何のワクワク感も持たない人物には、退屈な時間ですが。

 次に、ストーリー性。これについては、私の予想はちょっと外れた。突然、主人公ジェリー(シャイア・ラブーフ)にかかってきた電話の主〈女性の声)は誰なのか、なぜ彼ともう一人シングルマザー・レイチェル(ミシェル。モナハン)が同じ女性の声の電話で指図されることになるのか。ストーリーに塗りこめられたいくつも小さなエピソードがちゃんとエンディングの種明かしでまとまってくるあたり、細部によく練られたプロットだと感じた。スピルバーグ総指揮の本領発揮、といったところか。

 最後に、問題提起という点。
 もし、この映画のように、自分の生活が全て見られている、操られている、そんな場所にいるとしたどうなるだろうか。いや、もうそういう社会になっているのだろう。到る所に監視カメラはあり、携帯電話を持ち歩くので、自分の居場所はすぐに把握されてしまう。個人情報はすべてコンピュータによって管理され、保存されている。コンピュータで計算された結果には疑いを持たず信じ込む。入力ミスが起こり得るにも関わらず、起きた場合を想定しない社会。この映画のように、そのコンピュータを、悪意を持った誰かによって操作されたら、人間は慌てふためるのみ。作家ジョージ・オーエルが小説「1984年」で描いた社会は、21世紀に入り、現実のものとなったといっていい。
Eagleeye2  で、この映画でも言及されるのだが、デジタルネット社会の盲点はアナログ。これはもう定説だろう。映画「ワールド・オブ・ライズ」でも最新技術を駆使するCIAに対し、マンパワーの力を信じるヨルダンの諜報機関や、伝達事項はすべて人から人へ直接行うテロ組織はアナログ手法で挑む。そのアナログ的手法に、最新技術がどうしても歯が立たない部分がある。この映画でも、主人公がそのことに気付くのだが、その時点で、彼の勝利は見えてくる。
 デジタル化した現代社会に生きる私たちに、アナログ的行動の大切さを伝えるという点で、この映画の問題提起はまさにup to dateだろう。

 また、知能を持ったコンピュータEagle Eye=アリアが、 「アメリカを危機に陥れた、という点で、この国の指導者は国家に背いたのだ」というのは、現代政治への明確な問題提起そのものだろう。アメリカの対テロ戦争が、逆に自国民を危険に陥れている、ということを指摘しているのだ。この台詞にドキッとこない人はいないだろう。問題提起というより、ブッシュ政権ヘの批判・毒のこもった皮肉、とでも言えようか。

 最後に、少しネタバレになるが、どうしても腑に落ちない場面を一つ。双子でいくら似ているからといって、コンピュータによる生体認識で、双子が全く同一に認識されるというのは、正直言って納得しかねるなあ。多少の誤差はかいくぐるにしても、双子はやっぱり別の人格で、身体でしょうに。

2009/01/10

マンマ・ミーア(Mamma Mia)

勝者が全てを手にする人生に翻弄される女性
331238view001
 飛行機での先行上映で、鑑賞した。話題のミュージカルの映画化なので、見て間違いないとは思っていたが、想像以上に楽しめる映画だった。

 オスカー女優メリル・ストリープが、歌って踊ってはじける。ハリウッドきっての演技派女優である彼女がこんなに感情を表に出して演技するとは。冒頭から、彼女の明るい笑顔と縦横無尽に踊りまくる姿に、ただただ圧倒される。最初は、「キャスティング違うんじゃないの」と思うのだが、見続けるにつれ、メリルのこんな姿も結構いいじゃない、と思えてくるから不思議だ。

 そして舞台がギリシャ。ギリシャの海岸の地形は、遠浅ではなく、すぐに深くなる、それゆえ濃い青色の海が広がる。南欧の明るい日差しと海の色がマッチして、映像としても非常に美しい。映画になるべくしてなったような舞台設定だろう。

 アバの楽曲でストーリーをつなぐというミュージカル。若干無理なつながりもあるかもしれない、と思っていたが、実に上手く歌がストーリーに組み込まれている。愛、人生、それに日常生活に基づいた歌を作り続けていたアバの曲だったからできたことなのかもしれない。

331238view006  聞く所によると、このミュージカルのアイデアを思いついたのは、The Winner Takes It All(邦題「ザ・ウイナー」)がきっかけだったそうだ。

勝者が全てを手にするのよ。
敗者は小さく立ちすくむだけ、
勝者の横で。
それが運命なの。

と歌われるこの歌、恋に破れた女性が、その相手に対して残っている想いを伝えつつも、別れる決意をする様子を歌っている。この映画でも、ストーリーの一番の核心となる所で使われている。メリル演じるドナが、彼女が一番愛した男性サムの前で、昔の想いを語る場面。この歌の歌詞がずっしりと心に響く。勝者は全てを得れば、残された敗者には悲しみのみが残る。愛する人に去られた女性と、父親を知らない娘の進む人生に、満たされない悲しみがある。それもまた人生なのだろうが、その人生に翻弄されながらも、前向きに生きてきた母娘に拍手喝采したくなる。タイトルにもなった曲Mamma Miaや、大ヒット曲Dancing Queenよりも、「ウイナー」の歌詞はストーリー上の意味が大きいだろう。

 ちなみに、マンマ・ミーアMamma Miaとはイタリア語で、Mamma(お母さん、マリア様)+ Mia(私の)。英語のOh my God!にあたる。訳すなら、「ああ、なんてことなの」とでもなるのかな。この歌は、ドナのかつての恋人達が、屋根裏部屋に3人そろって来ていたことを発見し、驚き、慌てふためく場面で歌われている。ピッタリ。

331238view009  最後にもう一つ、ドナの昔の仲間、ロージーとターニャを演じるジュリー・ウオーターズとクリスティン・バランスキのデコボコ・コンビ振りがストーリーの「笑い」の部分で多大な貢献をしていることを付け加えたい。ほんと、いい味出していますよ。

The Winner Takes It Allの訳詞はこちらへ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/5594005.html

Mamma Miaの訳詞はこちらへ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/23618059.html

Dancing Queenの訳詞はこちらへ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/24719487.html

 

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