ジェシー・ジェームズの暗殺(The Assassination Of Jesse James By The Coward Robert Ford)
ジェシーとボブの姿はアメリカそのもの・・・そしてチャーリーは日本
2時間40分の大作だが、タイトルから、また、事実に基づいたストーリーであることから
、結末は予想できる範囲。よって、結末にいたるまでのストーリー展開や人物描写、心理描写に注目しながら鑑賞した。
まず、ストーリー展開。
長編の割には、シンプルな流れ。列車強盗団とその逃亡、仲間割れからの殺人。登場人物も、ギャングのボスにその手下たちと、それを取り巻く人々、という明瞭な設定。だから、一つ一つのエピソードの登場人物を丹念に記憶していなくとも、だいたい問題なくストーリーを把握できる。神経を集中することなく見続けられたのはよかった。
次に、人物描写。
強盗団のボス、ジェシー・ジェームズ(ブラッド・ピット)と、彼を暗殺する若者、ロバート・フォード(ケイシー・アフレック)通称ボブ。この2人の人物像は非常に分かりやすく描かれていたと思う。ジェシーは、常に冷静さを失わず、計画性高く、判断力に優れ、時には冷酷に、時には情緒たっぷりに振る舞う。家に帰ればよきパパであり、よき夫であり、孤独を誰よりも恐れる者。怖さと優しさ、強さと弱さの同居する人物像。単なる極悪非道な人物でなく、権力にたて突く男として、庶民にはヒーロー的な存在でもあるようにも描かれている。
対するボブは、褒められたい、認められたいと思う若者。臆病だ、子どもだ、と馬鹿にされてきたので、自分を強く見せたいという気持ちが人一倍強い。それゆえ、ジェシーのような聡明さと強さに人間的な魅力を感じ、理想の、憧れの人物像として、ヒーローと崇める。
ジェシーは天才肌で人間味溢れる人物、ボブは凡人で気が弱くやたら威勢を張る人物。好対照で人物設定。これも分かりやすい。
では、心理描写はどうか。
この映画の秀逸な点は、この心理描写の巧みさであろう。
まず、ジェシー。たくましい、賢い、といった表面上のイメージとは裏腹に、孤独を嫌い、常に脅えを持っている。自分が疎外されることを嫌う場面として、ボブとチャーリーの兄弟と組み始めた時に、「俺のいない所で2人で話すのはやめろ」と命じる場面が出てくる。隠し事への執着と恐怖心は、実は寂しい心の現れに他ならないのだ。かつての仲間達を訪ねて回るのも、同じ精神構造だ。常にコンタクトをとらないと不安で仕方がない。携帯電話やメールで常に誰かと繋がってないと不安な、現代の日本の若者も同じだろう。人間の弱さ、と言ってしまえばそれまでだが、悪党の中にあるその心理が、何とも言えない人間味を感じる。
そしてボブ。彼の心境の変化は、劇的だ。ヒーロー視していたジェシーの生の姿に触れるにつれ、彼の心の中で抱いていたジェシー像と本人の違いに気付くようになり、虚構であると悟る。自分が求めるのは今のジェシーではない、と言う思いが、ジェシーへの憎しみヘと変わる。
「お前は俺のようになりたいのか。それとも俺になりたいのか。」と、ジェシーがボブに問う場面がある。この問いこそ、ボブの心にグサリとささる言葉だっただろう。昔は「彼のようになりたい」のだったが、「彼に取って代わりたい」と心が変貌するのだ。強盗団のボスになる、と言う意味でなく、皆から認められる、ヒーロー視される男になりたい、という意味である。
そして殺される前に殺すことになる。世紀の悪党を倒し称賛されると思ったが、称賛どころか、coward(憶病者)と罵られる。全く想像していなかった扱いを受けるが、その事実が受けとめられない。徐々に、病的な表情に変わっていく姿は、哀れであった。
ここで、思った。これは、ジョン・レノンと、彼を暗殺したマーク・チャップマンとの関係に似てはしないか、と。心の中でストンと理解できたような気がした。
そして、2人に共通する心理として、現代のアメリカにも脈々と続いてきている、ある意味病的なものを感じとれるのだ。それは、人を疑う、と言う精神構造。あいつは俺を殺そうとしているのではないか、何か隠しているのではないか、と疑うことから始まる心理。自分を守るためには、撃たれる前に撃つのだ。ジェシーが元の仲間を殺してしまうことも、ディックとウッドの仲間割れも、そしてボブによるジェシーの殺害もすべて、このような同じ心理の元でなされている。そしてそれは、アメリカがこれまでに経験してきた戦争にすべて関わっている。太平洋戦争で日本軍に先制攻撃されたことに今でも悔恨の念を持っているし、キューバ危機もベトナム戦争も、イラク攻撃も同じ精神構造だと言ってよい。
この映画を見て、現代アメリカがとる政策の本質を見た気がした。そして今アメリカは、自身はジェシーだと思っているが、周りからはボブだと思われているのではないか。アメリカにとっては悲しいことなのだが。
最後に、ボブの兄チャーリー(サム・ロックウエル)に触れておく。頭の回転は悪そうで、無教養で、単純で、下品に笑う。ただ、人を疑うことはあまりしていない。現実やその場の状況に流れ、行動している。そして、後悔する。一番人間味溢れていたのは彼ではなかったろうか。
そして、アメリカにひたすらに追従する日本の姿と重なって見えた。


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