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映画タイトル別一覧

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2008年6月

2008/06/29

告発のとき(In The Valley Of Elah)

帰還兵士の心の闇を世論に告発する・・・SOSを受けとめよ

200pxin_the_valley_of_elah  一つの社会問題がある。それを世論に訴えたい、または告発したいと願う時、その表現方法は2通りある。一つは、マクロな視点で問題点を見る方法。理論をしっかり組み立て、様々な事象を並べることで、その理論を補強する。もう一つは、ミクロな視点から問題点を浮かび上がらせる方法。理論は言わない。その代わりに、ある事件を詳細に描写する。同様に別の事件を取り上げる。そういう積み重ねで、自ずと問題点が見えてくるようにする。

 監督(脚本)ポール・ハギスの特徴は、まさに後者である。前作「クラッシュ」は、事件・事象に関わった人物の心の内面を深く描写し、時には感情移入させるような演出、時には客観的に見つめることの出来る演出を施している。そして、人種差別の根にあるのは、私たちが誰しも持ちうる思い込みや偏見である、と訴える。
 そして、今回の「告発のとき」では、事件は一つに絞りながらも、登場人物の内面を描き出すために、様々なエピソードを丹念に織り交ぜている。そして、一つの問題点を浮かび上がらせている。それは、帰還兵の心的障害。
 帰還兵たちのPTSD(心的外傷後ストレス障害)については、ベトナム戦争を描いた映画で何度も描かれ、反戦運動でも言及されている。しかし、この映画には、アメリカの正義と信念を忠実に守り、信じている退役軍人のハンク(トミー・リー・ジョーンズ)が登場する。彼は常に沈着冷静である。息子マイク(ジョナサン・タッカー)も、正義感と意志の強い若者として、父の目に映っている。PTSDの様子は、父の目には映らない。
 ところが、マイク失踪そして殺害後、ハンクの独自調査および、サンダース刑事(シャーリーズ・セロン)の捜査で、様々な隠された事実を知る。その事実一つ一つが、マイクの、そしてその同僚兵士たちの苦悩を浮かび上がらせる。アメリカにいる時の日常がすべて覆される「戦地」と言う場所。その場所では、すべてが狂っている。同僚兵士が言ったことば「ひどい現場を体験したあとは、みな喋らず、黙ってしまっうんだ」と。戦地での現実を受け入れるのは容易なことではなく、まず一人の時間が必要であり、そして、自分なりの方法で受け入れる。中には、「イラクなんか核兵器でぶっ飛ばせばいいんだ」と思ったり、「痛がる敵軍兵士捕虜を痛めつける」といった方法で、自我を保つのである。帰還兵士を夫に持つ女性が飼い犬に対する夫のDVを訴えて警察に来る、という話も、マイクにまつわる話と平行して語られるが、その悲劇的な結末もPTSDの深刻さを補強するエピソードとなっている。

 そして、最後に真実が明らかになった所でハンクのとる行動がまた深く考えさせられる。アメリカの正義と信念を信じているハンクが感情をあらわにして考え方を一気に変える、というストーリーなら想像するに難くないが、ポール・ハギスの演出ではそうはならないのだ。あくまで冷静に、現実を受け入れる。しかし、ある方法で静かに訴えるのだ。この訴え方は、大きな声で叫ぶよりも、遥かに私たちの心に訴えるものがある。私は涙が止まらなかった。もちろん感動の涙でも同情の涙でもない。私たちはもっと真剣にこの問題を考えなければならないんだ、という、後悔と決意の涙だ。

 最後に、タイトルのIn The Valley Of Elah(エラ谷)は、旧約聖書の中のエピソードの一つ。イスラエルの少年ダビデが、巨人ゴリアテに戦いを挑み、わずか5つの石とパチンコでやっつける、というもの。ハンクがこの話をサンダース刑事の息子に話して聞かせる場面で登場する。この息子は、あとで母親に「なぜ、イスラエルの王(サウル)はダビデを兵士として送ったの?」と質問する場面がもっと印象的だった。この話をイラク戦争にたとえれば、「なぜ、アメリカは若者をイラクに送ったの」となる。ちなみに母親の答えは「わからないわ」。そう、イラク戦争でもその答えは「わからないわ」であろう。だからこそ問題なのだ、その派遣を積極的であろうが消極的であろうが賛成し、支持したのも我々なのだ、とハギス監督は訴えるのだ。

 アメリカ国旗を逆さに掲げるのは、強いSOSのサイン。イラク戦争に関わったのはアメリカ人だけでなく、日本人だってそうだ。SOSのサインを受けとめなければ。

2008/06/11

奇跡のシンフォニー(August Rush)

フレディ君の表情と音楽を楽しむ映画
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 生後間もなく両親から離れ孤児院に入れられても、両親に会える希望を捨てずに生きる少年の感動ドラマ。何となく、ストーリーもエンディングシーンも予想がつく映画でしょう。ストーリー構成の弱さは見越した上で、この映画をどう鑑賞すべきかを考えながら、試写会で観ました。

 主演のフレディ・ハイモアの豊かな表情がこの映画の最大の見どころでしょう。音楽に身をゆだねている時の嬉しそうな表情、まだ見ぬ両親を深く想う時の寂しげな表情、その両親に会えることを願う時の夢見る表情、自分の夢を否定された時に反論する逞しい表情、どれも素晴らしい「絵」になっています。彼の表情の変化を見るたびに、どんどんと彼の魅力に惹き込まれ、最後には彼へ感情移入してしまいます。

 この映画の「聴き所」はもちろん音楽。「音楽は僕のまわりにある。僕がするのは聴くだけだ」という台詞の通り、様々な自然の音や町中の騒音が音楽のように聞こえてくる、という映画はこれまで見たことがありません。特に、草原の中で主人公がオーケストラさながらの振りをする冒頭のシーンは、いきなり鳥肌が立ちました。また、ニューヨークの雑踏の音を相手に指揮をする場面も、騒音が音楽に聞こえてしまうから驚き。アカデミー賞主題歌賞のノミネートのゴスペルソングも、クラシック曲も、バンドの演奏するロック曲も心地よいメロディーです。何よりも、主人公が始めてギターを弾いた時の曲(押尾コータローの曲風)は、スリリングでリズミカル、そして圧倒的な印象を私たちに与えます。いろんなタイプの音楽が混ざり合い、映画を引き立ててくれます。

 音楽とストーリーの絡みと言う点では、ヴァン・モリソンの「ムーンダンス」が登場する場面は一つの鍵でしょう。主人公の両親が出会ったワシントン・スクエアで、ストリートミュージシャンが奏でたその曲は、後に主人公をニューヨークで面倒を見る元ストリートミュージシャンのウイザード(ロビン・ウイリアムス好演!)が演奏。両親が見たストリートミュージシャンはウイザードだったんだ、とわかります。そしてエンディングでは感動的なフィナーレとして使われます。心憎い演出です。

 主人公のストリートでの芸名August Rushが映画のタイトルですが、「奇跡のシンフォニー」の邦題はよいネーミングです。そのまま訳せば「8月の高揚」、夏に心が踊る躍動感が溢れ、主人公が弾いたギター曲のイメージにピッタリではありますが、名前ですから訳すわけにはいかないでしょう。ちなみに、Augustという名前、Rushという苗字、実際にありますね。上手い組み合わせだと思います。

 主人公をウイザードの所に連れていく黒人少年、教会で知りあうゴスペル少女、この2人がいい味出しています。フレディを含め、この3人で大人たちの演技を完全に喰っている気がしました。

 最後に、少し厳しいことを書きます。隣の席の女性は、映画が終わった後ハンカチで目頭をおさえていましたが、私はそこまで感動できませんでした。(私も涙腺は弱い方なのですが。) それは、やはりストーリー構成の甘さです。レビューの冒頭で、「ストーリー構成の弱さは見越して」とは書きましたが、始めて会って恋に落ちて、make love、二人はその夜のことをずっと忘れられずに、、、、では、ちょっと感動できませんでした。「恋空」じゃないですが、これを純愛とは思えないのですね、私の感覚では。だからやっぱり、ストーリーに踏み込んだらこの映画は感動できないでしょうね。(頭で思っていても、ストーリーを重視してしまう自分がいるんですよ)

2008/06/08

メン・イン・ブラック(Men In Black)

地球で共棲する異星人
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 トミー・リー・ジョーンズ主演で、ウィル・スミスの出世作。異星人をテーマにしたSF映画だけれど、コメディ調に仕上げている点が特徴。最近、缶コーヒーのCMでトミー・リー・ジョーンズが異星人役で出演しているが、それはこの映画のパロディだと思って間違いない。

 異星人は地球を滅ぼすためにやってくるという従来の映画の手法をひっくり返して感動巨篇にしたのが「未知との遭遇」と「ET」ならば、この映画は、「実は、地球には異星人が既に住んでいて、我々と共棲している」という設定。この設定がpeaceful。そんなことから冒頭から一気にこの映画に惹き込まれていった。わくわくしながら、異星人の登場の仕方を楽しむことができたのだ。実はシュワルツネガーもプレスリーもエイリアンだった、というのには笑いをこらえ切れなかった。こんな楽しい思いをして見れる映画はそう多くないだろう。その後のストーリーは、「悪い異星人」を退治するあたりなどありきたりだし、エンディングがほぼ読めてしまうが、それも仕方がないとは思うので、気にはならなかった。ただ、ゴキブリのような虫が大量に出てきたりするところは、いくらCGでも気色悪いので、若干マイナス点かな、とは思う。
 パグ犬が言う台詞に、うならされた。「サイズは(物事の重要さとは)関係ない。重要だからと言って、小さくないってことはないんだよ。」ほんの些細なことでも人生においてとても重要なことはいくらでもある。見た目の大きさじゃ物事はわからないんだ、ということ。これって、物事の本質では?

 ところで、Men In Black(黒ずくめの男)、アメリカでまことしやかに言われていた噂の一つで、UFOなどの超自然現象が起きると「黒ずくめの男」が現れて、「まるで何もなかったかのように」皆の記憶を消し、その場を収めていく、というものだ。この映画は、その噂を映画の題材にしているといえる。それを、ミステリーっぽく仕上げるのじゃなく、コメディータッチのエンタテーメントに仕上げるあたりが、総指揮したスピルバーグらしいセンスなのだろう。
 この続編は、ご多分に漏れず、設定の面白さが既に分かっているぶん、楽しさが半減した感は否めない。やっぱり、この手のエンタテーメント映画は第1作を2作目以降が上回ることはないのだろう。

 最後に、主人公達が携帯する「ニューラライザー」と言う装置、今体験したことの記憶をサッと消してしまうというものだが、この装置、時にはあるといいなあ、と思うのは私だけだろうか。

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