フィクサー(Michael Clayton)
よく練られた脚本に感服と驚嘆

ジョージ・クルーニーのアカデミーノミネート作品。法律事務所の裏稼業人(フィクサー)が主人公のこの映画、日本語のチラシで、その仕事振りにかかわって事件が起きる、と思って鑑賞しました。が、いい意味で裏切られました。そもそも原題はMichael Clayton、つまり主人公の名前。観賞後の感想として、サスペンスというより、人物描写を中心とした人間ドラマを楽しませてもらった、という印象です。まず、脚本が良く練られていると感じました。いきなり、何のことだかわからない電話の声で始まり、怪しい雰囲気の賭博場の様子、裏仕事の依頼が入り現場に向かう、そして事件が起こる、と、何が何だかわからないまま映画がスタートしたところで、観客に謎を残したまま、過去に戻り、順にストーリーを進めて行く。よくある演出なんだけれど、この謎説きが実に巧妙にその後明かされていくのです。監督脚本のトニー・ギルロイの綿密に計算されたアイデアに唸りました。
主人公マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)の人物描写も過不足なく表されています。裏稼業に回された経緯とそれに伴う彼の苦悩、別れた妻との間の息子への愛情、弟や従兄弟に対する複雑な感情、同僚弁護士アーサーを心配し気づかう様子などが長すぎない程度の様々なエピソードで紹介されます。彼がとる最後の決断も、そうしたエピソードを並べた後ならば、ごく自然に受け入れられます。特に、息子が大好きだった冒険ファンタジー小説「王国と征服」の一節を息子がマイケルに語る場面、アーサーにも電話で語る場面があるが、それらが大きな意味を持つ場面であったことが、アーサーの身に大事件が起こった後にわかるようにできています。その一節とは、「王国の中では誰が敵か味方かわからない。信用できるのは自分1人だ。」「正義を進めるために、人々を結集する」(うろ覚えなので正確ではないかもしれません)で、マイケルにとってもアーサーにとっても自分の決断のひとつのきっかけになったと思えます。そして何より、その小説の中の馬の挿し絵がマイケルの命を救うことになったことで、彼の決断はハッキリしてくるのです。綿密に練られたストーリーなのです。

また、適役の農薬会社法律顧問のカレンを演じるティルダ・スウィントンの人物描写も巧みでした。強気一辺倒に見えるカレンが身体の震えを止められずに部屋やトイレで見せる不安げな様子は、悪事に手を染めながらも良心の呵責に苦しむ姿を端的に表現したと言えます。この時の演技だけでもティルダ・スウィントンのオスカー受賞当然、といった印象を受けました。
ただ、気になった点を挙げるとすると、農薬会社サイドで悪事を働く実行犯とカレンが直接やり取りする場面でしょうか。同じく製薬会社にまつわる犯罪を描いた「ナイロビの蜂」のように、直接手を下さず、実行犯はさらに「下請け」に出す、という方がリアリティがあるような気がします。単にもう1人のフィクサーを間にはさんで指示を出せばよいのですから。
カーチェイスもなく、銃の撃ちあいもなく、犯人探しの謎もなく、派手な盛り上がりもない、ある意味淡々とストーリーが進む映画なので、眠たいだけの、よくわからない複雑な映画と言う印象しか残らないかもしれません。でも、ストーリーの様々な仕掛けに気付けば、この映画のよさがわかってもらえるのではないでしょうか。


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