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映画タイトル別一覧

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2008年4月

2008/04/29

フリーダム・ライターズ(Freedom Writers)

人の痛みを理解すること、それで人間は成長する

Freedomwriters
 いわゆる「不良生徒たち」を更生させた実話をもとにした映画、という知識だけでこの映画を見た。
 日本でいうなら不良と言うより暴力団とでも言おうか、命を懸けてまで縄張り争いを続けるギャングの一味に加わってしまう少年たちがいる、という事実に驚き、がく然とした。しかし、人間は必ず成長する、心から悪い人間などいない、と思える映画だ。そして、それはほんの些細なことからスタートするのだということもわかった。感動的だった。彼らの恩師である新任教師ミス・G(ヒラリー・スワンク)の迫真の演技も素晴らしかった。
 多くのレビューではおそらく、「こんな教師がいれば、、、」云々の内容が書かれているだろうが、私はむしろ、少年少女たちの心の成長の仕方に感動した。彼らは誰か(先生のミス・Gであっても)の言葉に心動かされたのでなく、自分の心の痛みを素直に文章にするということで、そしてそれを誰かに伝えるということで、その辛さを自分で乗り越えなければいけないと理解したのだ。痛みは、人を(時には自分を)痛めつけることで癒されるものではなく、自分の痛みを客観視することで、それが自分だけでなく他者にも起こっている痛みであると理解できるのだ。そうなれば、痛みを分かち合える人と共感を持ち合えるのだ。そこまで成長すれば、誰のことばに対しても聞く耳をもつはずである。ホロコーストの生存者に耳を傾け、アンネ・フランクをかくまったオランダ人に尊敬の念を抱き、そして自分をもっと高めようと精進するのだ。だから、私が思うに、ミス・Gとの出会いがなければ成長するきっかけは高校時代になかったのだろうが、一旦成長が始まったら、だれがその子たちを担当しようと、聞く耳を持ったにちがいない。そうすると、今まで偏見を持っていた教師たちも、成長する筈である。Freedomwriters2
 映画Pay Forwardを思い出した。悪いことも伝播するが、良いこと(成長や幸せ)も伝播するのだ。人の痛みを自分の痛みとして感じとれる感受性が、人を成長させるのだ。そのことが実感できただけでも、この映画を見る価値はあった。 ただ、同僚の教師に成長する機会が与えられなかったこと、伝播する機会もなかったことだけが残念であった。彼らは決して悪人ではない。他の大多数の子どもたちには良い先生なのである。

 最後に、私は「仕事をとるか、俺をとるか」という夫には決してなりたくない。人の痛みがわかっていない証拠だから。と同時に、夫の痛みに気付かなかった(サインは幾度もあった)ミス・Gに同情するが、彼女も自分の未成長の部分を認識できたのではないか、と思った。

2008/04/21

大いなる陰謀(Lions For Lambs)

羊(のように臆病な司令官)に指揮されたライオン(のように勇敢な兵士)の部隊は怖くない

Lionsforlambs2
 首都ワシントンでの政治家とジャーナリスト、カリフォルニアでの大学教授と学生、この2つの討論と、その討論の元となっているアフガニスタンの戦場という3つの場面で構成された映画。トム・クルーズ、メリル・ストリープ、ロバート・レッドフォードという大スターの共演も話題。
  
 映画は正味90分ほど、そして映画の進行もほぼ同じくらいの時間経過、3つの場面が同時進行、とくればTVドラマ「24」の設定と同じ。違いは、メッセージと演出。

 この映画は、アメリカ現政権のアフガンやイラクにおける軍事行動に対する批判的メッセージであることは間違いない。それを、政治的だ、とか、民主党のプロパガンダだ、と批判するのは簡単だ。そういう側面があることは否定できない。ただ、それだからと言って映画製作者による問題提起から目を背けることは、無批判に現実を追認するだけになってしまうだろう。

Lionsforlambs3
 トム・クルーズ演じる保守党政治家は、戦いを始めたら負けてはいけない、強いアメリカでなくてはならない、という考え方の象徴。そして、アンドリュー・ガーフィールド演じる大学生は、政治に絶望し無関心を装いつつ現状の生活の中にだけ喜びを見いだすという考え方の象徴である。これが、おそらくアメリカの主流。
 それに対して、メリル・ストリープ演じるリベラル派のジャーナリストは、報道と収益(または経営)の狭間で苦しみながらも、真実を追究しよう、批判精神は持ち続けようと言うジャーナリスト魂の象徴。ロバート・レッドフォード演じる大学教授は、教え子を戦場に送ってしまった罪悪感と、学生に対する影響力の低下を嘆く、アカデミック界の象徴だろう。もちろん、製作者であるクルーズやレッドフォードはこちらの立場に自らを重ねていると見て間違いない。
 この2つの対立が、まさにアメリカ、いや日本においても日常的なものだ。そして、お互いの意見をこの映画のように、「さし」で討論することがなくなりつつある現状に警鐘を鳴らしているのだ。一切の演出やエンタテーメント性を排除し、ストレートに「討論」という形式で提示したのだ。

 原題の、Lions For Lambsは「羊によって率いられたライオンたち」で、第1次大戦にイギリス歩兵部隊を見殺しにしてしまったイギリス軍司令部について批評したドイツ軍人のことばから引用しているそうだ。曰く、「羊(のように臆病な司令官)に指揮されたライオン(のように勇敢な兵士)の部隊は怖くない。怖いのは、ライオン(のように賢い司令官)に指揮された羊(のように従順な兵士)の部隊だ」。力の無いものほど、臆病な者ほど、自分の力を誇示するものである。今や唯一の超大国となったアメリカ、その政権に対し容赦ない罵声を浴びせたと言っても過言ではない。よほど自分たちのポリシーに自信がなければこんな映画は作れない。その意気込みは、出演者たちの迫真の演技に現れている。恐ろしいほどの迫力だ。

 ただ、あまりにも一切の演出やエンタテーメント性を排除し、ストレートに表現したために、難解だ、面白くない、と批判されるのは目に見えている。対照的なのは、マイケル・ムーア。「華氏911」はドキュメンタリーの手法を用いた政権批判映画だと言えるが、単なる批判ではなく、それをクスっと笑わせるような、皮肉たっぷりの映像で表現した。
 ムーア監督ほど、キテレツにしなくてもよいが、志願兵としてアフガンに向かった大学教授の教え子2人のエピソードをもう少し掘り下げるなどすれば、ストーリーに深みができ、彼らへの感情移入がもっとできたのではないかと思うのだ。20分もあれば、そんな演出も出来たのではないだろうか。なぜなら、志願兵となった学生はアフリカ系とメキシコ系、まさにアメリカの底辺の象徴なのである。彼らの犠牲の上に今のアメリカの平和が守られているのだ。これほど象徴的な存在はないはずだ。だからこそ、もっとストーリーを加えて欲しかったのだ。

Lionsforlambs
 最後に、2つの討論の後の場面に注目してもらいたいと思う。 
 ストリープ演じるジャーナリストが、取材後に編集長に対して見せる情熱的な演技は圧巻である。ホワイトハウスと兵士の墓地をタクシーから眺める時の表情は、製作者たちの表情でもあろう。
 大学生と教授の討論のあと、テレビの芸能ニュースの画面で米軍のアフガン新作戦が行われたことをテロップで流す場面は、アメリカや日本を始めとした西側諸国の現状を如実に表している。そう、戦争はすでにニュースでしかなくなっているのである。大学生が見せる表情こそ、我々の表情なのだ。

2008/04/14

フィクサー(Michael Clayton)

よく練られた脚本に感服と驚嘆
 Michaelclayton
 ジョージ・クルーニーのアカデミーノミネート作品。法律事務所の裏稼業人(フィクサー)が主人公のこの映画、日本語のチラシで、その仕事振りにかかわって事件が起きる、と思って鑑賞しました。が、いい意味で裏切られました。そもそも原題はMichael Clayton、つまり主人公の名前。観賞後の感想として、サスペンスというより、人物描写を中心とした人間ドラマを楽しませてもらった、という印象です。まず、脚本が良く練られていると感じました。いきなり、何のことだかわからない電話の声で始まり、怪しい雰囲気の賭博場の様子、裏仕事の依頼が入り現場に向かう、そして事件が起こる、と、何が何だかわからないまま映画がスタートしたところで、観客に謎を残したまま、過去に戻り、順にストーリーを進めて行く。よくある演出なんだけれど、この謎説きが実に巧妙にその後明かされていくのです。監督脚本のトニー・ギルロイの綿密に計算されたアイデアに唸りました。
 主人公マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)の人物描写も過不足なく表されています。裏稼業に回された経緯とそれに伴う彼の苦悩、別れた妻との間の息子への愛情、弟や従兄弟に対する複雑な感情、同僚弁護士アーサーを心配し気づかう様子などが長すぎない程度の様々なエピソードで紹介されます。彼がとる最後の決断も、そうしたエピソードを並べた後ならば、ごく自然に受け入れられます。特に、息子が大好きだった冒険ファンタジー小説「王国と征服」の一節を息子がマイケルに語る場面、アーサーにも電話で語る場面があるが、それらが大きな意味を持つ場面であったことが、アーサーの身に大事件が起こった後にわかるようにできています。その一節とは、「王国の中では誰が敵か味方かわからない。信用できるのは自分1人だ。」「正義を進めるために、人々を結集する」(うろ覚えなので正確ではないかもしれません)で、マイケルにとってもアーサーにとっても自分の決断のひとつのきっかけになったと思えます。そして何より、その小説の中の馬の挿し絵がマイケルの命を救うことになったことで、彼の決断はハッキリしてくるのです。綿密に練られたストーリーなのです。
Michaelclayton2
 また、適役の農薬会社法律顧問のカレンを演じるティルダ・スウィントンの人物描写も巧みでした。強気一辺倒に見えるカレンが身体の震えを止められずに部屋やトイレで見せる不安げな様子は、悪事に手を染めながらも良心の呵責に苦しむ姿を端的に表現したと言えます。この時の演技だけでもティルダ・スウィントンのオスカー受賞当然、といった印象を受けました。
 ただ、気になった点を挙げるとすると、農薬会社サイドで悪事を働く実行犯とカレンが直接やり取りする場面でしょうか。同じく製薬会社にまつわる犯罪を描いた「ナイロビの蜂」のように、直接手を下さず、実行犯はさらに「下請け」に出す、という方がリアリティがあるような気がします。単にもう1人のフィクサーを間にはさんで指示を出せばよいのですから。
 カーチェイスもなく、銃の撃ちあいもなく、犯人探しの謎もなく、派手な盛り上がりもない、ある意味淡々とストーリーが進む映画なので、眠たいだけの、よくわからない複雑な映画と言う印象しか残らないかもしれません。でも、ストーリーの様々な仕掛けに気付けば、この映画のよさがわかってもらえるのではないでしょうか。

2008/04/13

ミス・ポター(Miss Potter)

イギリス湖水地方に行きたくなった

Misspotter

 レニー・ゼルウィガーのキュートな魅力が存分に発揮された映画だ。彼女が演じるビアトリクス・ポター役は、表面的には気が強く、信念を持った行動をとるが、内面は気弱で繊細な心を持つ女性だが、それを見事に演じている。レニーファンは大喜びすること間違いない。
 何よりこの映画の魅力は、ビアトリクス・ポターがピーター・ラビットを描くのにインスパイアーされたイギリス湖水地方の暮らしと風景が、本当に魅力的に描かれているという点である。蒸気機関車が田園・湖岸を走る様子、幼少時代および大人になってからのポターが、湖岸を歩く様子や避暑地として過ごす家、遠景で映し出す風景、どれも美しい。映画の撮影地に行きたくなる映画の一つであることは間違いない。
 また、これだけ自然の美しい映像を見せられたら、ポターがナショナル・トラストで自然保護の運動に力を入れているのも頷ける。自然保護運動に打ち込んでいく心情は、台詞ではそんなに多く表現されてはないが、映像でそれを上手く伝えていると思う。ポターの悲しみ・苦しみ・悩みそして喜び・情熱などが表される場面では、必ず湖水地方での暮らしの場面が思い出されるような映像が挿入される。監督クリス・ヌーナンは映画「ベイブ」で主人公の農夫に多くの台詞を語らせず、表情と情景で彼の性格を描き出した。今回もその手法をとっていると考えてよいのではないか。ヌーナンの真骨頂と言える。
 また、話題になった、アニメーション合成映像は、期待したほど面白くも衝撃的でもない。むしろポターの伝記的映画に、空想的な雰囲気を醸し出すための1アイデア程度のものと考えた方がよさそうだ。そう意味では、ポターがピーター・ラビットを創作する心境を上手く表すための映像だと言える。
 惜しむらくは、ユアン・マグレガーの存在感が薄かったことだろう。それは、ユアンの演技力のせいではなく、脚本・演出面での弱さと見た。2大トップスターを主演と助演に配した割には、ポターが恋心を寄せたユアン演じるノーマンの描き方があまりにも貧弱である。レニーファンは満足できる映画でも、ユアンファンには物足りないかもしれない。

2008/04/11

8マイル (8 Mile)

ラップの本質がこの映画の中にある 
8mile
 
 白人ラッパー、エミネム主演の自伝的映画。デトロイトの通称8マイル・ロードは、貧民層の住む地域と、富裕層の住む地域の境目。その貧民層で生まれ育ったエミネム演じるジミー(通称ラビット)が、黒人ラッパーに挑戦していく物語。
 とにかく、貧困の度合いに驚く。アメリカにおける貧富の差は、日本の比ではない。黒人やヒスパニックなどの移民に貧困層が多いのだが、ラビットのようにpoor whiteと呼ばれる白人貧困層も、出口のない暗闇に放り込まれたようなもの。ラビットがそんな中でも夢を無くさず、現実にもしっかりと向き合い、懸命に生きている姿に、エールを送りたい気分になる。働かない母、幼い妹を思う気持ちも痛い程よくわかる。エンディングもアメリカンドリーム達成でハッピーエンド、という単純なものでもなく、日常生活に戻っていく所にリアリティを感じることができてイイ。ただ、母親の恋愛話や、新旧ガールフレンドとのストーリーはやや軽薄な印象でしかなく、物足りなさを感じる。

 ひとつの発言に1回はf**kという猥語が出てくるような、汚いことばのオンパレードなのだが、何でもかんでもラップにして、ライム(韻)を踏ませようとする言葉の操りには脱帽だ。映画でラップを語る場面で、何度もskill(スキル:技能)と言うことばがでてくる。韻を踏むラップの歌詞(リリック)を作って歌う技能のことをスキルと呼んでいる。言葉は汚いが、言葉の音に敏感である、というのは一種の文学的な雰囲気を醸し出していると感じる。現状に対する不満と怒りを表し、相手に対して攻撃的なリリック。そんなラップの魅力を十二分に見せてくれる映画だ。
 
 エミネムは実際、地元で懇意にしていたラッパーと、自分が有名になった後にアルバムを共同製作している。昔の仲間との強い絆を表すエピソードだ。苦楽を共にした仲間は、一生の友なのだ。
 ただ、同性愛者への攻撃的で差別的な発言は、自身が差別された、虐げられたことヘの裏返しであるにしろ、戴けない。音楽に魅力は感ずるが、その発言は全て受け入れられるものではない。差別されたものが、また誰かを差別する、のでは、差別は無くならないし、問題の解決にはならないのだ。

2008/04/07

プロヴァンスの贈りもの(A Good Year)

話の筋は予想通り、でもなぜか心が和む映画

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 リドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ主演とくれば、アカデミー賞「グラディエイター」、と最新作「アメリカン・ギャングスター」が有名だが、その間に作られたのがこれ。ピーター・メイルのベストセラー同名小説を映画化したものだ。
 イギリスのやり手の証券マンが、南仏に住む叔父の遺産を相続したことから、昔叔父と過ごした日々を思い出しつつ、南仏のゆったりとした暮らしの中で、現地の女性との愛を芽生えさせ、人間らしい生き方を見つける、というストーリーである。
 ストーリー展開は、予想通り、というか、まあ「これしかない」だろう。最初は反発し合う男女が恋に落ちるというのも、典型的なラブ・コメ映画だし、回想シーンと現実を同時展開して話を進めるのもよくある流れ。エンディング間際で大どんでん返し、もありきたり。でも、見ていて、つまらないとか、面白くないとかは思わず、心が和んでハッピーな気持ちになれるから不思議である。
 それはきっと、南仏の田舎のどかな風景と、その土地に住む人々のゆったりとしたロハスな暮らしぶりを、自分自身心のどこかで望んでいるからなのだろう。主人公と違う職業であっても、職場でのストレスや悩みや苦労は同じようなもの。分刻みのゆとりのない都会での暮らしに辟易している姿も同じ。仕事を取ったら何も残らない仕事人間、携帯電話を無くしたら暮らせない現代人、という主人公に自分を重ね合わせ、そんな状態を解消したいと心のどこかで思っているからなのだろう。そんな叶えられない夢を追ってくれる主人公に、エールを送りたい気分になるからなのだろう。
Agoodyear2
 また、幼少の頃世話になった人(この映画では主人公の叔父)が亡くなった際に、想い出の場所(この映画では南仏の叔父の家とワイン畑)で昔を懐かしみ、あこがれていた夢を思い出す、というのは、多かれ少なかれ誰しも経験があるのではないか。そんな、人の心の琴線にそっと触れるストーリーが、我々に心地よさを感じさせてくれるのだと思う。また、叔父が語る人生の教訓ひとつひとつが心にしみる。主人公が、叔父との思い出の中から、窮地を救う作戦を思いつくというネタもしっかり仕込んであり、「実はあの○○が、、、、」というビックリ種明かしもちゃんと用意されている。ただ、それらが「ニュー・シネマ・パラダイス」程、感動的ではない、かなと思う。
 
 ラッセル・クロウは、「グラディエイター」とも、「ビューティフル・マインド」とも違うタイプの主人公役を無難にまとめた、という印象である。むしろ、彼の幼少時代を演じたフレディ・ハイモアや、彼の叔父を演じたアルバート・フィニーの情感あふれた演技が光る。逆に、主人公と恋に落ちる女性役のマリオン・コティヤールは、「タクシー」で見せたのと同じ気の強い女性、という印象が強すぎて、ワンパターン化しないか心配になった。(が、そんな心配も取り越し苦労だった。先日彼女が熱演した「エディット・ピアフ」でアカデミー賞主演女優賞を受賞したのは、喜ばしい。)

 また、タイトル"A Good Year"(タイヤメーカーじゃないよ)は「収穫のよい年」という意味で、叔父と過ごした古き良き時代を懐かしむという意味でつけられたのではなく、ブドウの収穫(ワインの完成)と恋の「収穫」をかけているのかな、と思うがどうだろう。カギになる場面で、ワインが重要な役割を担っているのだから。

 ちなみに、舞台の1つとなっている南仏リュベロン地方のゴルド(写真をご覧下さい)という街は、岩でできた小高い丘を利用して作られた街で、南仏観光の名所となっている。私も昔南仏旅行の際に訪れたことがあるが、こんな所に住んで見たいと思える、お洒落な街である。もう一度南仏旅行をしてみたくなった。
Gordes_2

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