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映画タイトル別一覧

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    外部HPに、当ブログの映画レビューの記事「映画タイトル別一覧」を作りました。

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2008年3月

2008/03/30

マイ・ブルーベリー・ナイツ(My Blueberry Nights)

一瞬一瞬の映像を楽しむ映画・・・映像と音楽がマッチしたおしゃれな映画

 ウォン・カーウァイ監督初の全編英語での映画。歌手ノラ・ジョーンズ初の主演映画。
ノラ以外は、ジュード・ロウ、レイチェル・ワイズ、ナタリー・ポートマン、デビッド・ストラザーンといった芸達者の面々。ストーリーはどうでもいいので、俳優陣を見るために鑑賞した。
Myblueberrynights

 予想通り、ストーリーは男性の目から見ても、おそらく女性の目から見ても、現実離れというか、甘いというか、単純というか、コメントに窮するような内容。

 でも、この映画の鑑賞の仕方は、内容ではなく、一瞬一瞬の映像を見るというのが正しいのだろう。映像主義とでも言えばいいのか、それともイメージ第一主義とでも言うのだろうか。例えば、
(1)夜、地上の高架を走る地下鉄が遠景で写される映像が早送り気味に流れる。都会の時間はすばやく過ぎる、人は忙しく動く、というイメージを一瞬で映し出してる。
(2)登場人物の心が微妙に動く場面では、映像がスロー(というかコマ送り気味)になる。何かに気付いた時、感じた時には、時間がゆっくり動いていると思いませんか?そんなイメージを一瞬で写している。
(3)そして、この映画を見た人なら必ずググッと心動かされるエンディングでのキスの場面。実は、2人は前に一度キスしているんですね。それはいつなのか、エンディングの時に気付くようにする仕掛け。見事! この部分を見るだけでも、この映画を見る価値あり。
(4)そして、それらの映像にかぶせて、ノラの歌声の楽曲(ノラの声ではない曲もあるが)が流れる。完璧。

 それに、メンフィスで主人公が自分の名前を「ベリー」と名乗っているのがイイ。ブルーベリーのベリー。エリザベスなら普通ベスかリズ。ニューヨークのブルーベリーパイに心残りをしている、新しい自分を探す、という感じが出ていて、センスのよさを感じる。アリゾナでは「エリザベス」と名乗っているので、自分をしっかり見つめ直せて再出発できそうだ、ということなのだろう。

 俳優陣は皆申し分ない演技を見せている。ジュードなら何を調理しても美味しそうだし、強気と弱気を見せるレイチェル、ナタリーの演技もいいし、映画初出演とは思えないノラの自然な演技。中でも、ストラザーンが、元妻のことが忘れられない警官の心の陰陽をうまく表現して演じている。もっとも、これだけの面々なら当然、ともいえるが。正直、ぜいたくすぎるのかもしれない。

 ただ、そんなカーウァイ監督らしいイメージ第1主義的な映画なのに、せっかくニューヨークロケなのに、ニューヨークらしさは地下鉄の遠景程度なのはちょっと不満だ。ブロードウエイとかセントラルパークとかじゃなくてもいいから、さりげなくニューヨークらしさのある雑踏風景を見せてもよかったのじゃないかな。メンフィス、ネバダ、ベガスでも同様。(唯一、ラスベガスへの道路沿いの風景だけはそのイメージが良くでていた。)時間経過も、他だ単に画面で数字と文字(それなりにお洒落に表示してはいるが)は、イメージ第一主義からはかけ離れているように感じる。 最初は全編ニューヨークロケで取る筈だったが、予算の関係で他のシーンを入れた、らしい。私が感じた不満はそのせいだったのだろうか。

2008/03/28

ショーシャンクの空に(Shawshank Redemption)

「生きるために生きるか、死ぬために生きるか」 まさに不朽の名作
Shawshank

 2時間が長いと感じられずにじっと見入ってしまう映画だ。どれも抜かすことのできないエピソードを組み合わせて、ストーリーが進んでいく。無実の罪で服役する若き銀行マンのデュフレーンにまつわる話が、囚人仲間のレッドの目で語られている。刺激的な映像もなければ、時間軸も一切ずらさず、いたってシンプルな構成になっている。
 
 私がもっとも印象に残っているのは、メキシコのジワタネホという海沿いの町について語られる場面である。そこで、小さなホテルを営みながら余生を過ごしたい、と主人公が夢を語る。「生きるために生きるか、死ぬために生きるか。僕は生きるために生きる方を選びたい」とはデュフレーンの言葉。ここ(刑務所)では夢を持つことは危険だ、と考える囚人仲間のレッドとは好対照。この会話の場面が映画のラストシーンとうまくリンクしている。これが映画のテーマなのである、ということがわかる。どんな状況でも夢をあきらめてはいけない、というメッセージが、様々な悲劇的なエピソードを織り交ぜながら、強く伝わる映画である。

 原作はスティーブン・キングの短編集の中の一つであるが、原作とはエピソードなどに若干の修正が加えられている。囚人仲間トミー、デュフレーンの錬金術、逃亡の方法、所長の最期、ラストシーンなどが原作よりもドラマチックに仕上がっている。特に錬金術については、原作ではデュフレーンがレッドに自分の親友のことを語る場面で紹介されるのだが、そのまま映画では使いにくかったのだろう。原作にあったエピソードを利用して変更を加えている。ラストシーンも、テーマをはっきり際だたせる効果があり、付け加えて正解だったと思う。遠景で、何の台詞もなく二人が抱き合う場面は、映像ならではの演出ではないだろうか。

 デュフレーンを演じるティム・ロビンス、レッドを演じるモーガン・フリーマン、2人の名優の演技を見るために作られた映画、と言ってもいい。ロビンスは、口数少なく感情を面に表さないデュフレーンの役を、目や表情でうまく演じている。重厚で落ち着いた雰囲気のレッド役は、フリーマンしか適任はいないだろうと思えた。特に、仮釈放後に徐々に希望を持ち始めるという心境の変化を、抑揚を押さえながらうまく表現している。この映画が名作なり得たのも2人の演技力に負うところが多いだろう。

 多くの映画ファンが、この映画をナンバーワンであると挙げるのも頷けるほどの名作であり、今後も語り継がれていく映画だと確信している。

2008/03/26

ブラッド・ダイアモンド(Blood Diamond)

メッセージ性は高く、我々に問題提起してくれる作品。でも、アメリカ的ご都合主義が目に付く。

 映画のテーマ性もあり、期待して鑑賞したのだが如何せんストーリーが単純すぎる。ディカプリオ自身は、役作りも含めて上手に演じていると思うし、他の出演者(ジェニファー・コネリー、サイモン・フンスー)もいい演技を見せているだけに、惜しい。
Blooddiamond
 まず、シエラレオネの密輸売人としてのディカプリオ主人公白人の行動。反政府組織RUFと白人が、協力する黒人なしでそんなことできるとは思えない。それに、密輸売人を見つけた現地警察がワイロに目もくれず主人公をしょぴく場面。政治的でない密猟者なら、ワイロを取ってしまいそう。また、留置所でフンスー演じる漁師が、RUFのダイヤ採掘現場監督と顔を合わせた時のやりとりだけで、漁師がピンクダイアモンドを隠していると確信するなんて、白人密売人として手練手管を知っている主人公にしては単純。 市内での銃撃戦で主人公と漁師がケガを負わない、とか、親子の絆が絶体絶命の場面で突如戻る、突然のRUFの襲撃で、主人公一派のみが助かる、というのは映画作りの暗黙の了解なのでOKとしても、ピンクダイアモンドの買い取りの現場に、大手宝石会社社長が自ら出向く、というのは、ちょっと戴けない。(「ナイロビの蜂」では製薬会社の末端の人間がいろいろな手を下しているのですよ。)アフリカのことは皆さん知らないでしょ、こんな感じですよ的な描き方が気になって仕方がない。
 
 観客はアフリカの現状を知らない、密売の現状を知らない、だから説明調の台詞が増えるのは仕方がないし、それを手早く理解させるためにストーリーを簡潔にするのは理解できる。例えば、石油の利権にからんだ中東・中央アジアとCIAの問題を描いた「シリアナ」のように、ストーリーが複雑すぎて観客が理解不能になるおそれもあるから、単純化するのはある程度やむを得ない。また、アメリカ国務省がダイヤの密売を描いたこの映画を批判した、とのことなので、この映画を製作した意義はあるし、社会的影響も大きいとは思うののだが、アメリカ的ご都合主義があり過ぎでは、せっかくのテーマも役者の演技も生きてこない。期待度が高かっただけに、観賞後の満足度も低くなってしまった。

2008/03/23

オール・ザ・キングズ・メン(All The King's Men)

内容は骨太、社会風刺も強い、問題作。でも、メッセージがうまく伝わるのか心配

 ショーン・ペンとジュード・ロウが競演したこの映画、なかなか骨太の内容だ。と同時に、細部で気になる点が多かったのも事実だ。
Allthekingsmen
 知事に当選し、絶対的権力者に上り詰めていく田舎の公務員ウィリー・スタークを演じるショーン、彼に興味を持ち側近となる貴族出身のジャーナリスト、ジャック・バーデンを演じるジュード。貧しい一般人とお金持ち、扇動的な政治家と冷静沈着な新聞記者、共闘した後もこの2人の間にある何とも言えない距離感が残る。この距離感は、2人の人間関係だけでなく、他の登場人物同士にも感じとれる。それが、この映画を通して感じる印象だ。
 スタークが汚職を嫌い、その思いを労働者層に熱く訴えかけて知事に当選する。ところが、忌み嫌った筈の汚職に自らが堕ちて行くのだ。映画は、その過程をバーデンの目で見ていく、という構成になっている。これがこの作品の特徴でもあるが、弱点にもなったのではないか。つまり、スタークが汚職にまみれていく理由や過程が、どうもはっきりしないのだ。バーデンの視点で進行するので、彼の生い立ちや恋愛の場面に多く時間が割かれてしまった感がある。もう少しスタークのエピソードを交えて欲しかった、というのが正直な感想だ。(ここらはぜひ原作を読んで確認してみたいと思っている)
 スターク役のショーンの演技は、選挙で勝つ過程の演説といい、権力の限りを尽くす悪徳知事振りといい、堂に入っている。ジュードもバーデン役は適役だろう。わき役に、アンソニー・ホプキンスが出演とは、なんとも豪華な配役だ。それだけに、ストーリーの肝心な部分での説明不足が惜しまれる。
Allthekingsmen2

 悲劇的な結末は、自業自得とも取れるが、この映画の結末のような形でしか独裁者が失脚できないというのは、実は悲しいことである。観賞後には、独裁者が倒れた快感もなければ、現実の厳しさを目の当たりにする絶望感もない。どっちつかずな印象はぬぐえない。

 タイトルについてもう一言。All the King's Men(王様の臣)とは、もちろん原作そのままなのだが、元は伝承童謡マザーグースの一つ「ハンプティ・ダンプティ」の一節にある。

ハンプティ・ダンプティ塀の上に座って、
ハンプティ・ダンプティ塀の下に落っこちた。
全ての王様の馬と家臣たちは、
ハンプティを元に戻すことが出来なかった。

 つまり、ハンプティはスターク、全ての家臣はバーデンを始めとした側近やその周りの人々、ということであろうか。スタークが自ら批判した汚職に堕ちていくのを誰にも止められなかった、というわけであろう。ただ、マザーグースに疎い日本人が、タイトルに込められた原作者(や監督)の思いを理解するのは無理な話ではないだろうか。映画配給会社のタイトルのつけ方も、もう少し何とかならなかったのかと残念でならない。

2008/03/20

ノー・カントリー(No Country For Old Men)

殺人鬼を理解しようと思って見てはダメだ。コーエン兄弟は観客に親切ではないのだ。

Nocountryforoldmen
 映画を見終わってから、帰りの電車の中でこの映画のテーマをずっと考えていた。コーエン兄弟はこの映画で一体何を伝えたかったのだろう、と。なぞ解きやスリルを味わえるが、単なるサスペンスとは言えない。グロテスクな殺人場面が続くが、スプラッターというわけでもない。殺し屋と追われる者の銃撃戦があるのだが、バイオレンス・アクションとはやや違う。人物描写はほとんどなされないので、人間ドラマっぽくもない。モノローグが多いが、回顧風な作りでもない。鑑賞直後の評価は星3つ、か下手すりゃ2つ、という感じであった。

 映画の印象を取り合えず書いてみよう。
 全くもって理解できない殺し屋アントン・シガー。ハビエル・バルデムの演技はオスカー受賞当然と言えるほどの迫力と存在感だ。笑った顔が一番怖い、と感じた。笑った先に何があるのか、想像しただけでも恐ろしい。そして、その通り恐ろしい結果が待ち受ける。もちろん、対峙した人間に対して。
 シガーなりのルールに基づいて行動している、コイントスで運命が分かれる、と書いてあったレビューを事前に読んでいたが、そのルールが一貫していない場面も多い。問答無用で殺すこともあれば、言葉のやり取りの中にそのルールが見えてくる時もある。単なる思い込み・自己中心的な理論だけで殺人を犯している。殺し屋と言うより殺人鬼だ。依頼者まで殺してしまうのだから。ルールがあるようにみえて、ありはしない。分けがわからない。
 
 そこでハタと気付いた。むしろこの殺人鬼の心理を理解しようと思ってこの映画を見ると映画を理解するどころか、楽しむことも出来なくなるのでは。殺人鬼の心情など、ルールなど理解できるはずがない。そのあたりは、保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)が現代(舞台設定は1980年ごろ)の犯罪を語っている場面をよく見るとよい。だからタイトルはNo Country For Old Menなのだ、年老いた者のための国はない、のだ。現代社会においてどうしてこんな犯罪が起きるのだと悩み(考え)、昔は良かったと回顧にふけるのはOld Menであり、もはやこの国(アメリカ)はそんな人々のための国ではなくなった、と言っているのだ。保安官のモノローグ場面や、同僚や引退した保安官と話す場面などで、何度もそれを匂わす台詞が聞けるはずだ。その台詞こそ、聞き逃してはならない。そこにこの映画の伝えたい思いがあるのだ。そう考えれば、意外に感じるエンディングシーンも理解できるのではないだろうか。この映画は、コーマック・マッカーシーによる原作に忠実に描かれている、とのことである。コーエン兄弟が原作にほれて映画化したそうだ。原作はまだ読んでいないが(ぜひ読んでみたい)、難解な印象を受けるというレビューを読んだことがある。一ひねりも、ふたひねりもするのが得意なコーエン兄弟が、伝えたいテーマを観客に親切にわかりやすく解説してくれるはずがない。

Nocountryforoldmen2
 ガスボンベを使った殺人兵器を含め、殺人鬼シガー役のハビエル・バルデムの存在感が強すぎて、逃げる役のジョシュ・ブルーニンも、バルデスを狙う別のヒットマン役のウディ・ハレルソンも、さらに言えば主役である保安官役のトミー・リー・ジョーンズすらも影が薄くなってしまった。そのため、この映画のテーマが見えにくくなってしまったような気がしないでもない。でもこの映画の主人公はトミー・リー・ジョーンズだったのだ。彼の台詞を聞き逃してはならない。
 
 現代アメリカの抱える「犯罪・暴力」の問題、そしてその問題を力で解決しようとする不条理。アメリカ社会において、生と死は、コイントスの表裏、どっちに転ぶかわからないのだ。そんな社会は、No Country For Old Menなのだ。奥が深い、深すぎる。深すぎて多くの人には伝わらないかもしれない。

2008/03/19

ビューティフル・マインド(Beautiful Mind)

前半はサスペンス、後半はヒューマンドラマ
1本で2度美味しい映画 

Beautifulmind
  リドリー・スコット監督、ラッセルクロウ主演のこの映画、見所たっぷりの傑作。最初の1時間と、後半の1時間でストーリーの展開が全く異なる映画である。前半はサスペンスのような展開で進み、観客の関心をぐっと引きつけ、後半からは主人公の心の闇と、妻の壮絶な介護の様子が描かれ、ヒューマニズムあふれた展開となる。そのコントラストが映画によいアクセントをつけている。一つの映画で、サスペンスとヒューマンドラマを楽しめる作品となっている。アカデミー作品賞受賞も頷ける。

精神疾患を抱える天才数学者ジョン・ナッシュを演じるラッセル・クロウの演技は、精神科医から絶賛されたと聞く。台詞ではなく、表情や微妙な動きでうまく演じていると思う。妻役を演じたジェニファー・コネリーも、迫真の演技をみせている。特に、本気で主人公と向き合おうと決意した場面の表情は、オスカー受賞が頷ける程の見事な演技だ。

また、脇を固める俳優人では、国防省の上司役を演じたエド・ハリスが光る。脇に回ったときの彼の演技(「トゥルーマン・ショウ」、「巡り逢う時間たち」、「白いカラス」など)は、時には主役を食ってしまう程であるが、この映画でもその存在感を存分に見せている。彼の演技に、ある意味「騙されて」前半の1時間が過ぎてしまうと言っても過言ではない。

ラストシーンで、年老いた主人公が、授賞式の壇上で妻に感謝の言葉を述べる場面の演出は、これといった手の込んだ手法を一切用いず、実にシンプルな構成になっている。この演出により、観客の涙の量は減ったかもしれないが、この映画が実話に基づいて作られているということを強く印象づけ、映像にリアリティを持たせている。きっと、演出次第で大感動巨編となるところを、抑えめの演出にしたことで、この作品が傑作となったのではないだろうか。

2008/03/17

ボビー(Bobby)

グランドホテル式の映画の真骨頂


Bobby
 アメリカ大統領ジョン・F・ケネディの弟で、大統領候補でもあったロバート・F・ケネディ上院議員の愛称「ボビー」がタイトルの映画。彼が暗殺されたロスのアンバサダーホテルを舞台に、様々なエピソードを「グランドホテル」式と呼ばれる手法で描いた映画。

 民主党大統領候補だったロバート「ボビー」・F・ケネディが暗殺された日、舞台となったアンバサダーホテルにたまたま居合わせた人の、暗殺の瞬間までの様々なエピソードが、エンディング(大統領候補暗殺)でひとつになる。(この手法は「グランドホテル」式と呼ばれている。)ボビーの人柄や思想を紹介するドキュメンタリータッチの映画に仕上がっているのか、と勝手に想像していたが、むしろ上質な人間ドラマであると言うのが適当だろう。出てくる登場人物のエピソードはフィクションとのことだが、どれも1968年当時の時代風景を上手く映し出している。ベトナム戦争、ドラッグ、人種差別、移民、それに親子の絆、夫婦愛、生き甲斐とは何か、など、ありとあらゆる問題を描いている。そうしたエピソードの合間に挿入されるボビーの演説(本物の映像)が、そうした問題の解決の糸口を語っている点にも興味が湧いた。JFKよりもむしろボビーの方が大統領として適任ではないかと言われてきたのがよくわかる。

Bobby2
 エピソードの中で私が最も気に入ったのは、メキシコ移民のコック見習いと黒人コック長のやりとりだ。お互い白人から差別を受けたもの同士なのだが、公民権法制定により公的には地位向上した黒人コック長に対し、1人のメキシコ移民は「白人の犬」と侮辱の言葉を吐くが、コック長は静かに答える。「白人自らが『俺たちはなんて慈悲深いんだ』と思わせるように仕向けること、これが大切だ。お前(メキシコ移民)に、キング牧師が暗殺された時の俺たちの悲しみと怒りが理解できるか」と。もう1人の移民の若者はその言葉にぐっと頷いている。人種差別問題のいいようもない深さを感じ取れる場面である。この黒人コック長、ローレンス・フィッシュバーンが演じている。登場する場面は少ないが、存在感は際立っている。

 また、定年退職後のホテルマンを演じるアンソニー・ホプキンスが、また良い。仕事人間だった男の、定年後も勤務先であったホテルに毎日通い詰めるという、憂いを帯びた行動を好演している。他にもシャローン・ストーンやデミ・ムーア、マーティン・シーンなど一流の俳優陣が出演している。リンジー・ローハンとイライジャ・ウッドが初々しいカップルを演じているのも見どころの一つである。

 弱点を一つだけ挙げよう。これだけのキャストで、エピソードもよくできている、ボビー本人の演説映像も迫力がある、が、そのためにボビーを役者が演じる場面(ほとんど背中や斜めからの撮影)が貧弱に映ってしまったのだ。エンディング近くで登場するそれらの場面で、高まった気分がガクッと下がってしまった。むしろボビーは最後まで本物の映像のみで押し通した方がよかったのではないだろうか。

2008/03/15

バベル(Babel)

菊地凛子が話題になったけれど

Babel2

 菊池凛子がオスカーにノミネートされたことで、日本でも話題になった映画。このイニャリトゥ監督の映画は、短めのカットを多用して、画面や視点をこまめに切り替え、また、時間軸をずらして話の順序を変えるのが特徴である。「21グラム」でもこの手法をとっていた。そのため、話の順序が整理できるまでに時間がかかる。この映画でも、全く同じ手法がとられていて、ストーリーのつながりが把握しにくくなっている。それが、面白いと感じれば、この映画を楽しむことができるが、そうでなければ何が何だかわからないままエンディング近くまで進んでしまう。評価がかなり分かれるところだ。私はそんな映画に魅力を感じるので、その点は十分楽しめた。
 俳優陣もブラッド・ピット、ケイト・ブランシェットの2大スターに、ガエル・ガルシア・ベルナル(メキシコ)、役所広司(日本)といった芸達者のわき役。彼らの演技力は十分に堪能できる。

Babel
 では、時間軸を切り刻んだシーンを一つ一つ、時間の経過順に並べて見たら、この映画の評価はどうなるのか。私は、メッセージ性の高さの割には、ストーリー構成の脆弱さは否めない、と見た。 
 メッセージ性は非常に高い。言葉を壁にして、自分の気持ちが伝わらない、伝えられないというもどかしさを、今の時代の夫婦、親子の絆をからめて問題提起している。涙を誘う場面も多々あり、理解し合うことの難しさがひしひしと伝わってくる。テーマ性のある映画を作り続けているイニャリトゥ監督らしい作りだろう。聖書の中の「バベルの塔」をタイトルにおいたのも、この映画のテーマを効果的に浮かび上がらせている。
 ただ、夫婦仲がさめてきた2人がモロッコを旅行する、とか、ベビーシッターが子供を連れて国外に出てしまう、とか、無理のある設定がどうしても気になって仕方がないのだ。日本でのエピソードはこじつけとも思えるくらいだ。(海外に狩猟を目的で出かける日本人が、現地ガイドに狩猟用の銃をプレゼントするなんて、そんな馬鹿な!)菊池凛子の登場する場面も、おそらく女性から見れば「彼女の行動はちょっと考えられない」と嫌悪感を感じるのではないか。

 イニャリトゥ監督の本領発揮といえる映画だが、ストーリーの設定そのものに無理があると、せっかくのメッセージも届きづらくなるのではないか。期待して見に行っただけに、若干の失望感が残ったのも確かだ。

2008/03/14

ラストキング・オブ・スコットランド(Last King Of Scotland)

アカデミー賞受賞フォレスト・ウィテッカーの熱演を見よ!
「つぐない」で注目されているジェームズ・マカボイにも注目したい!

Lastkingofscotland_2

 アミン大統領と言う実在の人物と彼の周りで起きた事件をモチーフにして、フィクションのストーリーをつなぎ合わせる、という手法は個人的には大好きな映画だ。時にはフィクションなのか事実なのかわからなくなるほど、その両者に極端な差を設けずに構成されたストーリー立ても見事で、最後まで飽きることなく見続けることが出来た。期待以上の出来だ。
 アミン大統領役のフォレスト・ウィッテッカーの演技はオスカー獲得が頷けるほどの迫真の演技だ。何かを洞察する・決定する時に見せる迫力のある目つき、また気弱になった時に見せる子どものような不安そうな目つき。表情の中でも、目の演技力が飛び抜けて素晴らしいと感じた。声に迫力を持たせることは俳優ならあたりまえだと思うが、目で演技できる俳優はそう多くはないだろう。エド・ハリス、モーガン・フリーマン、ショーン・ペンあたりと肩を並べるほどの演技と言っても言い過ぎではない。
 スコットランド人青年医師ニコラス(架空の人物だそうだ)役のジェームズ・マカボイにウィテッカーに渡り合える程の演技力を求めるのは酷だろう。だが、難しい役を上手に演じたと思う。ニコラスの行動振りは、若気の至りという点を差し引いても、嫌悪感を感じる人が多いのではないだろうか。アミンのカリスマ性に魅了され、彼に気に入られて権力の美味しさを知り、やがてその恐ろしさも知ることになる、という流れは、もしかすると監督がこの映画で最も伝えたかったことではないだろうか、と感じた。つまり、強いリーダーシップ(やカリスマ性)の陰には必ず何かがある、われわれはそれを見抜かなければ大変な悲劇が待ち受ける、ということだ。ウイッテッカーの演技力におされて、アミン大統領の人物像が強く描かれているように思える映画だが、実は架空の人物青年ニコラスの行動に一番注目すべきなのかもしれない。
Lastkingofscotland2

 個人的にはニコラスが"Are you British/English?"と聞かれて、"No. I'm Scottish."と答える場面が気に入った。全部で3,4回あったかな。イギリス外務省の男に接近されて、嫌みな台詞や態度を見せる場面も笑えた。知り合いのサッカー好きのスコットランド人(彼は絶対にサッカーを「フットボール」と言うが)が、「スコットランド人なら、イングランド対日本の試合は、絶対に日本を応援する」と言っていたのを思い出した。スコットランド人のイングランド嫌い度を表す面白い場面だ。監督のケビン・マクドナルドはスコットランド出身、やってくれたなあ、と思った。イギリス、もとい、UK映画のアイロニーたっぷりの演出。私は大好きだ。

 ただ、ウガンダの人々を容赦なく殺してしまう場面や死体を写す場面は正直言って直視できなかった。個人的に苦手である。事実としてそういう殺戮や拷問が行われたのだろうが、この映画のテーマがアミンの狂気性であるにしても、ストレートに見せるのでなく、もっと上手く表現できなかったのだろうか、と感じる。(たとえば、「ホテル・ルワンダ」や「戦場のピアニスト」のように)  唯一の不満な点はそこである。

2008/03/13

ドリームガールズ(Dreamgirls)

ジェニファー・ハドソンの歌声と、ビヨンセの姿を見るだけでも価値あり

Dreamgirls

  アメリカン・ドリームに、仲間内の恋愛を巡るいざこざ、別れと再生、と、ストーリーはシンプル。でも、そんなことは、元々舞台で演ずるミュージカルなのだからあたりまえ。この映画は、そういう所を見てはいけない。映画の作り手も、観客がストーリーを分かっていて,舞台での上演を見ている、という前提で映画制作に乗り出している。つまり、この映画の見どころは、ミュージカル「ドリーム・ガールズ」という題材をどう料理するか、という点にこそある。
 そういう点で見れば、映画のキャスティングはピッタリはまっている、と思う。中でも、ビヨンセとジェニファー・ハドソンを起用したのは大正解。アカデミー助演女優賞のジェニファー・ハドソンは吹き替えなしで歌ったそうだが、演技というより歌声の素晴らしさには驚嘆した。声の存在感は抜群。ビヨンセは歌では完全に食われてしまっているが、彼女がティーンエイジャーを演じている場面の、彼女のキュートさは抜群。その後成功した頃の妖艶な姿もよいが、彼女が中心に居ず、ジェニファーの脇で歌っている頃の姿の方がむしろ断然に光っている。
 歌われる楽曲も、舞台で使われている曲はもちろん良いが、映画のオリジナル曲"Listen"や"Love You I Do","Patience"なども、ストーリーや上手く合わせ、舞台では表せない雰囲気を出してくれている。
 主演と助演の女優を見る、楽曲を楽しむ、と考えれば、見る価値のある映画だと思う。でも、本来は舞台で見るべき作品ではあると思うし、「ヘアスプレー」「プロデューサーズ」よりは出来はよいが「シカゴ」には負けているかな。

ビヨンセが歌うListenの訳詞はこちら。

http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/26498998.html

 

2008/03/11

クラッシュ(Crash)

第一印象をことごとく外されていく面白さ 
・・・先入観や思い込みは罪である・・・
そして、人はぶつかりながら生きていく

 一つの車同士のクラッシュをきっかけに、人と人とのクラッシュを連鎖的に起こしていく様子が描かれたこの映画。私たち人間は、人を先入観で、または第一印象で判断してしまいがちであるが、この映画では、それは間違いだと教えてくれる。

Crash

 アメリカ白人は他の人種より優越感を持っている、と私は思っていた。そういうアメリカ白人によく出会った。映画でもそんな振る舞いの白人警官(マットディロン)が登場する。でも、この映画の、ある場面では違った。私の先入観は間違っていた。
 ヒスパニック系住民はどこか信用ならない、と私は思ったことはないが、アメリカ社会ではそんな雰囲気がある。この映画のカギ修理屋の男もそんな第一印象で登場する。でも、実は、優しくて気弱でお人よし。第一印象は間違っていた。
 黒人警官(ドンチードル)は弟と母親を心配している。弟がグレているようだ。犯罪に手を染めている黒人若者が2人出てくる。きっと、こっちが警官の弟だろう、と私は思った。でも、逆だった。映画の後半でそれが突然わかる。意外な場面で。第一印象はまたも間違っていた。
 私の先入観だけが間違っていたわけではなかった。登場人物達も間違った思い込みをしていた。
 黒人女性は、白人警官は自分を助けてはくれないと思い込んでいた。でもそうではなかった。
 イラン人店主は、ヒスパニックのカギ師に逆恨みした。でもそれは間違いだと気付いた。危うく犯罪者になるところだった。
 白人の若者は、ヒッチハイクしてきた黒人の若者が自分を撃とうしたと思い込んだ。でもそれは間違いだった。そして、悲しい結果を導いた。
 この映画の主役はだれだったのかわからないかもしれない。いや、主人公はむしろ人間そのものなのだろう。人間と人間が出会えば、そこにクラッシュは起こりうる。その時、先入観や第一印象、思い込みと言った一方的な判断によって、間違った結果を引き起こしてしまう可能性がある。この映画では、それを様々なエピソードで私たちに伝えてくれた。心温まるエピソードもあれば、ギリギリのところで救われるのもあれば、最悪の結果を招いたのもある。私たちは、人と人とのクラッシュをいかに上手に乗り切るのか、それが大切なのだ。

 この映画を観て、吉野弘さんの詩『動詞「ぶつかる」』を思い出した。盲目の女性が、「歩く時にはあちこちにぶつかりながら歩いている、目の見えない私にはぶつかりながら歩くのが安心できる」と話す様子を読んだ詩だ。ぶつかることで、世の中の処世術を学ぶのではないか、そう問いかけている詩だ。まさに、映画「クラッシュ」のテーマそのものではないだろうか。

2008/03/10

リトル・ミス・サンシャイン(Little Miss Sunshine)

バラバラな家族が一つにまとまる時

 お勧め映画です。笑えて、悲しんで、そして心がほんわかする映画です。
 性格も行動振りもバラバラな家族が、末っ子の美少女コンテストに参加するために、ミニバスで遠路でかけると言うロードムービー。
Littlemisssunshine

 父、母、祖父、兄、叔父と末っ子の女の子の6人が登場。叔父が同居するはめになるエピソードや、家族の性格を表すために用意された会話のやり取りも、全く無駄がなく、強引さもないので、スムーズに6人の性格が理解できるようになっている。自説の成功論が全く人に相手にされない父親、性・人種差別的発言を繰り返す問題祖父、現実逃避してひたすら自分の理想や夢にふける兄貴、美少女コンテストとミスユニバースに憧れる末っ子娘、自殺未遂のゲイの叔父、そしてそんな面々にいいように振り回される母親、実生活でも「いるいる、こんな人」と思わせる人物設定が非常に上手い。祖父が孫娘を溺愛するなんてのは世界共通なんだろうなあ。勝ち組に入ることをひたすら望む父親なんてのもアメリカ的で面白い。でも、この家族が結びつくターニングポイントが兄貴の行動の変化だ、というのがとても現実感があり、また希望を私たちに与えてくれる。若者は大きく成長する可能性を秘めているんだ、というメッセージがこめられている気がするのだ。他のメンバーもすこしずつ変わっていくのだが、兄貴の成長がこの家族の再生を生み出したんではないか、と思うのだ。
 そして、この映画を語る上でなくてはならないのは(皆さんのレビューにも必ず含まれている)ミニバスの存在。故障したおんぼろミニバスを、家族みんなで押しがけしてエンジンをかけ、走りながらバスに乗り込むシーンはこの映画の最大の見どころだろう。何度も繰り返されるこのシーンで、家族が徐々に絆を深めていくような気がするのだ。そして、所々で映画にちょっとしたアクセントをつけてくれる。
 決してアメリカンドリームではないエンディング(そういうエンディングが見たければ、「幸せのちから」のようなハリウッド映画をどうぞ)、でも、夢は未来に繋がっている。涙が止まらない感動大作ではないけれど、ほんわかした気分になって、明日への希望が持てる映画だ。

 最後に一点。多くの映画レビュー(他のサイトも含む)などで、「コンテストのために、アリゾナからカリフォルニアへ旅する」と書いてあるが、それは間違いである。家族の住む場所はニューメキシコ州アルバカーキー。ニューメキシコ州からアリゾナ州を越えてカリフォルニア州へ進むのである。

2008/03/09

アメリカン・ギャングスター(AmericanGangster)

先月の話ですが、
デンゼル・ワシントンとラッセル・クロウの共演、監督がリドリー・スコット、この3人の名前だけで観に行った。結論「ラッセルクロウの演技力は素晴らしい!」
Americangangster

 ビューティフルマインド、グラディエーター、プロバンスの贈り物、と彼の演技を観てきたが、全部違うイメージの役を完璧にこなしている。特に今回の刑事役は、正義感強くて一匹狼、仕事での頭の冴はピカイチ、でも家庭では家族のことそっちのけのダメ夫・父親、その上女癖が悪い、という設定。こんな役、彼にしか出来ないでしょう。(私のお気に入りの俳優では、ニコラスケイジだと正義感が今いち、トムハンクスにダメ夫は無理、ティムロビンスに女癖の悪さは向かない、ディカプリオだと頭の冴というより勢い勝負、ってとこかな。)
 ラッセル・クロウが、デンゼル・ワシントンを初めてボクシング会場で見た時に、「なぜハーレムの名だたる有名人が彼(デンゼル)に挨拶するのか」と疑問に持つ場面は、見ていて鳥肌が立った。鋭い観察力・洞察力を見せ、感情を抑えた演技をこれほど上手く演じられる俳優はいないだろう。
 デンゼルワシントンも負けず劣らずの演技力だった。他の麻薬組織のトップとは全く違う手法でのし上がっていく彼の姿は、(犯罪者ながら)観ていてあっぱれ、と思ってしまう。母や弟達を思う暖かさと、仕事を完璧にするためには手段を選ばぬ冷徹さと非情さ、そのコントラストを上手く演じている。
 その二人が直接対面する場面、目と目があった瞬間、2人とも目で演技をしていた。それぞれが所属する世界の中で、お互いアウトローな存在だった二人が、どこか親近感を持ちつつ、直接対決することへの恐れを、見つめ合うということだけで表現していた。見事、という他ない。見ごたえ満点の傑作、と言える。
 ただ2人の演技を、映画の内容への貢献度で測ったら、ラッセルの方が上ではないだろうか。もし、ラッセルの演技が今一であったなら、デンゼルの存在のみが際立ち、映画としては単なるギャング物の映画になってしまい、犯罪称賛的な映画になってしまった(まさにアメリカンギャングスター)だろう。そうならないで、何かしらの希望を与えてくれる印象を残してくれたのは、ラッセルの演技力だったと思うのだ。
 最後に、エンドクレジットの後の銃弾は一体何を意味するのか、リドリースコットは何のメッセージを我々に託したのか。私は、あの銃弾は「観客に向けられた」と見た。口封じの一発、じゃないかな。何に関する口封じ、か? それは、映画のストーリーに関する、口封じ。お前ら、黙っとけよ、という。そうなると、ここにこんなレビューを書いた私は、ズドンと一発撃たれたようなもんだなあ。

2008/03/08

バンテージ・ポイント(Vantage Point)

最初は面白かったけど、後半は、、、  「バンテージ・ポイント」

あちこちの映画レビューでは高い評価を受けている「バンテージ・ポイント」。公開初日の今日、見に行った。でも私には今一歩、てところ。人によって評価が分かれるのかな。ダイハードのような映画が好きな人には楽しめるのでしょう。
Vantagepoint

 リワインドという手法を使って、8つの視点から事件を見る、という発想は面白かった。同じ狙撃・爆発の場面を8回見ても飽きることはなく、その都度新しい事実が明らかになり、画面にくぎ付けになった。視点が切り変わる瞬間も、後の展開がどうなるのか、観客の興味をそそるような映像や台詞で締めている。うまい構成だ。映画の最初からずっとわくわくドキドキする映画に出会ったのは久しぶりだ。
 ただ、そのわくわくドキドキ感も40分から1時間過ぎた頃から先が読めてしまうのは残念だった。特に、カーチェイス最悪。カーチェイスシーンが出てきて、主人公はどんな絶体絶命の危機ものり越えてしまうのは、現実感のかけらもなく、そのカーチェイスによって何人の一般市民が犠牲になるか、と考えたら興ざめしてしまう。せっかく8つの視点で次々と新しい事実を観客に提供して、知的好奇心をそそらせておいたのに、カーチェイス以降の脚本は単純。
 また、狙撃犯の目的や、犯人グループの繋がりなど、最後に種明かしが欲しかった。なぜ、彼らは大統領を狙ったのか?別々の経歴の犯人グループが連帯した理由は? なぜ主人公は大統領が救急車の中にいるのがわかったのか、なぜ次々と人を殺す犯人グループが、女の子を車で轢きそうになって、除けたのか。疑問だらけで終わったラストシーンにちょっとがっかりした。主人公と大統領が無事で良かったね、だけでは感動も問題提起もあったもんじゃない。最初がよかっただけに、後半の展開がもっとよければ、素晴らしい映画になったと思うと残念でならない。

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