オール・ザ・キングズ・メン(All The King's Men)
内容は骨太、社会風刺も強い、問題作。でも、メッセージがうまく伝わるのか心配
ショーン・ペンとジュード・ロウが競演したこの映画、なかなか骨太の内容だ。と同時に、細部で気になる点が多かったのも事実だ。

知事に当選し、絶対的権力者に上り詰めていく田舎の公務員ウィリー・スタークを演じるショーン、彼に興味を持ち側近となる貴族出身のジャーナリスト、ジャック・バーデンを演じるジュード。貧しい一般人とお金持ち、扇動的な政治家と冷静沈着な新聞記者、共闘した後もこの2人の間にある何とも言えない距離感が残る。この距離感は、2人の人間関係だけでなく、他の登場人物同士にも感じとれる。それが、この映画を通して感じる印象だ。
スタークが汚職を嫌い、その思いを労働者層に熱く訴えかけて知事に当選する。ところが、忌み嫌った筈の汚職に自らが堕ちて行くのだ。映画は、その過程をバーデンの目で見ていく、という構成になっている。これがこの作品の特徴でもあるが、弱点にもなったのではないか。つまり、スタークが汚職にまみれていく理由や過程が、どうもはっきりしないのだ。バーデンの視点で進行するので、彼の生い立ちや恋愛の場面に多く時間が割かれてしまった感がある。もう少しスタークのエピソードを交えて欲しかった、というのが正直な感想だ。(ここらはぜひ原作を読んで確認してみたいと思っている)
スターク役のショーンの演技は、選挙で勝つ過程の演説といい、権力の限りを尽くす悪徳知事振りといい、堂に入っている。ジュードもバーデン役は適役だろう。わき役に、アンソニー・ホプキンスが出演とは、なんとも豪華な配役だ。それだけに、ストーリーの肝心な部分での説明不足が惜しまれる。

悲劇的な結末は、自業自得とも取れるが、この映画の結末のような形でしか独裁者が失脚できないというのは、実は悲しいことである。観賞後には、独裁者が倒れた快感もなければ、現実の厳しさを目の当たりにする絶望感もない。どっちつかずな印象はぬぐえない。
タイトルについてもう一言。All the King's Men(王様の臣)とは、もちろん原作そのままなのだが、元は伝承童謡マザーグースの一つ「ハンプティ・ダンプティ」の一節にある。
ハンプティ・ダンプティ塀の上に座って、
ハンプティ・ダンプティ塀の下に落っこちた。
全ての王様の馬と家臣たちは、
ハンプティを元に戻すことが出来なかった。
つまり、ハンプティはスターク、全ての家臣はバーデンを始めとした側近やその周りの人々、ということであろうか。スタークが自ら批判した汚職に堕ちていくのを誰にも止められなかった、というわけであろう。ただ、マザーグースに疎い日本人が、タイトルに込められた原作者(や監督)の思いを理解するのは無理な話ではないだろうか。映画配給会社のタイトルのつけ方も、もう少し何とかならなかったのかと残念でならない。


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