2008/05/16

最高の人生の見つけ方(The Bucket List)

「知らない人に親切にする」って最高の人生だよ

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 モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソン、この2人が共演しているとなれば見に行くしかない、ということで公開早々映画館へ足を運びました。結論から言うと、その判断は正しかったですね。二人の演技は申し分なしです。ガンで余命6か月と宣告された2人は、おかれた立場も性格も家族構成もなにもかもが正反対。その2人が死ぬ前にやりたいことのリストを書き、富豪のエドワード(ジャック・ニコルソン)がほぼ強引に、カーター(モーガン・フリーマン)を連れて世界旅行でそのリストを実行する、というのがストーリー。世界各国の景勝地でのロケを敢行するなど、いかにもハリウッド的手法。この映画がつまらないと答える人は、たいていこの世界旅行のあたりが気に入らなくなるだろうな、とは思いました。実際、スカイ・ダイビングやタトゥー彫り、カー・レースは単なるおフザケ、ピラミッドやタージマハール、アフリカの大自然、万里の長城、チョモランマは単なる景色でしかありません。豪華絢爛なこれらのお話と景色は、むしろ映画評価にはマイナスにはなるかもしれません。

 この映画の面白さは、その世界旅行の中で交わす二人の台詞に隠されています。前半は、エドワードが徐々に自分の人生(結婚、別れた妻と娘)を語ることで、心を開いていきます。そして、ピラミッドを背景にカーターが得意の歴史うんちくを語り、天国で聞かれる2つの質問「人生を楽しんだか」「人に幸せをもたらしたか」をエドワードにする場面が、一つのヤマ場。この2つの質問は、心にグサッときますね。人間、たいていどちらか一方しか出来ていないじゃないでしょうか。エドワードは前者のみ、カーターは後者のみ、でしょう。

 でも、2人は気付くのです。実は自分が出来ていないもう一方が、自分のすぐそばにあったことを。つまり、エドワードは、自分のことをいたわってくれる妻への愛の中に人生を楽しむ方法があったと悟ります。カーターは、憎んでいると思っていた娘と再会することは自分の幸せだけではなく、娘の幸せでもあったことに気付きます。まさにハリウッド的な展開ではありますが、どこか遠くで思いっきり羽根を伸ばしてしたいことをするのが人生の楽しみ方でも生き方でもなく、目線をもっと下げて、日常の中に「最高の人生」を見つけることにあるのだと、私たちに教えてくれます。

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 そして、「やりたいことリスト」の最後3つの叶え方が素敵です。「世界最高の美女とキスをする」は誰もが納得できるお話です。「絶景を眺める」も(予想通りですが)、この映画にふさわしいでしょう。何よりも私は、「知らない人に親切にする」の場面で涙が止まりませんでした。少しネタばれになるかもしれませんが、「知らない人」とは、お互いだったのです。カーターは、入院するまで全く見ず知らずの男エドワードがお金はあるが家族の愛を受けていない姿を見て、知らない人に親切にしようとして旅を共にしたんじゃないでしょうか。エドワードは最後にカーターのその気持ちに気付くのです。そしてエドワードもそのお返しをする。

 ビートルズの「アビーロード」に収録されている歌"The End”に、次の歌詞があります。
 And in the end the love you take is equal to the love you make.
 (結局、あなたが受け取る愛は、あなたが生み出す愛とイコールなんだよ)
自分が愛されたいと思うなら、それと同等(かそれ以上)の愛を人に捧げることが必要なのです。人生を楽しみたいのなら、同等に人に楽しみを与えないとダメなんです。そういう意味で、カーターもエドワードも、「最高の人生」を全う出来たのではないでしょうか。

 最後にタイトルについて一言。タイトルのThe Bucket Listは、「棺おけリスト」と訳されていますが、bucketとは文字通り「バケツ」の意味で、棺おけ(coffin)の意味はないようです。もとは、"Kick the bucket"首をくくろうとして台にした「バケツ缶を蹴っ飛ばす」、つまり「死ぬ」という意味。死ぬ前にやりたいことを書き留めたリスト、と言う意味で「棺おけリスト」と訳したわけです。なかなか味のある訳だと思いました。それを邦題でさらに、「最高の人生の見つけ方」。映画のテーマにピッタリ当てはまっています。

2008/05/14

ダ・ヴィンチ・コード(The Da Vinci Code)

 原作の方が断然面白い・・・3時間の映画にするには無理があった

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 ダン・ブラウンのベストセラー小説を映画化したこの作品、ほぼ原作に忠実に作られている。聖書からの引用やキリスト教に関する用語がたくさん使われているため、欧米のキリスト教徒には馴染み深い言葉でも、異教徒にとっては基礎知識の不足で、理解するのに時間がかかる。謎解きの説明の場面でも、テンポよく(というかあまりにスラスラと)解読していくので、観客は(特に異教徒にとっては)ストーリーに追いつくのに精一杯で、謎解きの細部が見えないまま進んでしまう。原作では、解読に失敗する場面もあるが、映画ではいとも簡単に解読。長編小説を3時間弱の映画にまとめるのだから仕方がないにしろ、原作の面白さが損なわれてしまったと言っても過言ではない。
 
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 原作小説でも物足りなかった点はある。それぞれの人物そのものの背景や人物描写がやや少ないのだ。特に、聖杯の謎を研究し続けている老研究者ティービングは、ストーリーの重要な鍵となる人物なのだが、描き方が甘い。映画ではイアン・マッケランが上手く演じ、説明はなくとも十分に人物の雰囲気を醸し出している。この点は原作を超えているか、と感じた。主演のトム・ハンクス、オドレィ・トトゥは完全にマッケランの演技に食われてしまったと思える。

  いずれにせよ、原作小説では、自分のペースで読み進めるわけだから、難しい箇所はゆっくりと読むことができ、ストーリーや謎解きに隠された細かな点までしっかり理解できる。そういう点からも、この映画は必ず原作を(先でも後でもよいから)読んだ方がよいだろう。

2008/05/11

ニュー・シネマ・パラダイス (Nuovo Cinema Paradiso)

  涙が止まらないエンディングシーン

 私が見た映画で、5本の指にはいる名作。監督のトルナトーレの自叙伝的映画で、映画ファンに共感と感動を与える映画だ。
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 幼少時代をすごしたシチリアの小さな町で、子供の頃に映画好きにしてくれた年老いた映画技師アルフレッドと、後に有名な映画監督となる少年トトとの交流を描いている。狭い映写室で2人が小窓から映画を眺める場面や、映画館に入れない人たちのために、鏡を使って建物の壁に映画を映し出す場面、2つの町で同じ日に1本のフィルムで上映するという離れ業を青年になったトトが自転車で2つの町を往復して上映する場面、どれも映画が唯一の娯楽であった当時を偲ばせ、映画への愛情溢れる作品に仕上がっている。
 亡くなった映画技師の男性が、主人公に残した遺品がラストシーンで流れるが、この瞬間涙が止まらない。映画の主人公だけでなく、見ている者も感情移入してしまうこのラストシーンは映画史上に残る名シーンだと思う。このシーンのために、様々なエピソードがストーリーに組み込まれているといっても過言ではない。
 また、エンリコ・モリコーネ作曲の音楽も傑出している。古きイタリアの町並みと、モリコーネの作品がマッチして、映画の雰囲気を盛り上げている。多くのミュージシャンが、テーマ曲をカバーして演奏しているのもうなずける、名曲揃いのサウンドトラックである。「トトとアルフレッド」と言う1分少々の曲は、一度聞いたら忘れられない印象的なフレーズだ。(私は携帯の着信音をこれにしている。自分で音符を打って作りました!)
 この映画は、劇場公開では2時間程度の長さであったが、その後ディレクターズカットとして3時間ほどの長さでも発売された。両方見た感想では、劇場公開版の方がよいと思う。ディレクターズカットの方は、主人公トトの青年期のエピソード(恋愛話)が長くつづられているが、その部分がやや冗長な感じを受ける。その部分が大幅にカットされている劇場公開版のほうが、ストーリーのテンポがよく、お勧めだ。

2008/05/10

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(Catch Me If You Can)

 犯罪映画で爽快感を味わえる面白い映画

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 タイトルは「捕まえてごらん」。これで犯人側が主人公なのがわかる。追われる犯人はレオナルド・ディカプリオ、追いかける刑事はトム・ハンクス、この2人の出演とスピルバーグ監督、ということならヒット間違いなし、という典型的なハリウッド映画で、スピルバーグ監督の会心の一作ともいえる。犯罪者を主人公にしながら、こんなに爽快感を味わえる映画はないだろう。映画を見ながら、「犯人よ、つかまるな」と思えてしまう。というと、まるで「ルパン三世」を見ているようだが、この映画は実在の人物をモデルにしている、と言う点が驚きである。原作本を読んだが、映画で使われたエピソードはほぼすべて事実である。全く資格も知識もないのに、病院で当直医勤務をしたのも事実、弁護士の資格を取ってしまったのも事実、結婚を約束した女性がいたのも事実、フランスの刑務所で死にそうな目にあったのも事実だ。ただ、その順番や起こった場所は事実とは若干違っている。原作に基づき、映画のストーリーとして必要なものだけに減らし、時間経過などの並べ方を変えて、こんなエンタテイメント映画を作り上げたスピルバーグ監督の手腕には驚嘆するばかりだ。
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 また、警官たちの一瞬の隙をついて逃げ続けるディカプリオの口八丁、手八丁は実に爽快だ。それは、ディカプリオがよい意味で「軽く」(肩肘張らずに)演じているからなのだろう。これは、いやらしくねちっこく演じてはだめで、軽やかに演じないとだめだと思うが、それを上手に演じている。
 トム・ハンクス演じる刑事は、原作にはないキャラクターで、映画用に新たに作られたようだ。ギリギリまで追いつめて最後に逃がしてしまうので、刑事としてはポカだらけなのだが、むしろディカプリオの逃げ方が上手いのであろう。原作は映画ほど、捕まりそうでギリギリの場面はないが、上手く演出を加えてエンタテーメント性を高めている。
 ディカプリオの父役のクリストファー・ウオーケンが、意志の強い威厳を持った父親を演じている。その父親をを思う気持ちが強くあふれる点も、犯人に感情移入してしまう一因であろう。
 原作の内容を崩さず、さらに映画的演出を上手に組み合わせたスピルバーグ監督に脱帽、である。

2008/05/02

バック・トゥ・ザ・フーチャー(Back To The Future)

チャック・ベリーがマーティの演奏を聴く?

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 映画Back to the Futureは、私のお気に入りの映画の一つです。多くの人が見た映画だと思うので、もうあえて映画の内容については特に深入りしませんが、その中で使われた音楽が映画のストーリーにちょっと絡んでいる所について書きます。

 まず、この映画のテーマソングは、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズの"Power Of Love"。主人公がダンスパーティのコンテストで演奏する曲もこれ。その時、審査員の先生役でヒューイ・ルイス本人が登場します。主人公マーティ役のマイケル・J・フォックスが演奏を始めてすぐに、「音が大きすぎる」と不合格を宣告するのがヒューイ自身。思わず吹き出してしまいます。

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 それともう1点、マーティが1955年の過去に戻って、ダンスパーティで即興演奏する音楽が、チャック・ベリーの"Johnny B. Goode"。1955年にはまだ発表されていない曲です。これを聞いたミュージシャンの1人が電話をしている場面があります。そして「ヘイ、チャック。従兄弟のマービンだ。お前新しい音楽を探していたろ、これを聞いてみろよ」てな感じで字幕に流れます。が、英語を良く聞くと、「従兄弟のベリーだ」の部分は"Your cousin, Marvin Berry"と言っています。つまり、マービン・ベリーは従兄弟のチャック・ベリーに電話している、という訳です。音楽好きに、ムフフ、と笑わせるネタを仕込んであったのです。公開時に映画館で見た時は確か「従兄弟のマービン・ベリーだ」だったと思うのですが、ビデオ・DVDともに持っていますが、どちらも「ベリー」の部分は入っていません。これでは多くの人にこのアイデアを気付いてもらえないじゃないかなあ。
 チャック・ベリーがマーティの演奏を聴いて、アイデアを膨らました、なんて面白い発想でしょうか。もっとも、そんなことなくたって、実際にチャックはJohnny B.Goodeを書いたんですけどね。

2008/04/29

フリーダム・ライターズ(Freedom Writers)

人の痛みを理解すること、それで人間は成長する

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 いわゆる「不良生徒たち」を更生させた実話をもとにした映画、という知識だけでこの映画を見た。
 日本でいうなら不良と言うより暴力団とでも言おうか、命を懸けてまで縄張り争いを続けるギャングの一味に加わってしまう少年たちがいる、という事実に驚き、がく然とした。しかし、人間は必ず成長する、心から悪い人間などいない、と思える映画だ。そして、それはほんの些細なことからスタートするのだということもわかった。感動的だった。彼らの恩師である新任教師ミス・G(ヒラリー・スワンク)の迫真の演技も素晴らしかった。
 多くのレビューではおそらく、「こんな教師がいれば、、、」云々の内容が書かれているだろうが、私はむしろ、少年少女たちの心の成長の仕方に感動した。彼らは誰か(先生のミス・Gであっても)の言葉に心動かされたのでなく、自分の心の痛みを素直に文章にするということで、そしてそれを誰かに伝えるということで、その辛さを自分で乗り越えなければいけないと理解したのだ。痛みは、人を(時には自分を)痛めつけることで癒されるものではなく、自分の痛みを客観視することで、それが自分だけでなく他者にも起こっている痛みであると理解できるのだ。そうなれば、痛みを分かち合える人と共感を持ち合えるのだ。そこまで成長すれば、誰のことばに対しても聞く耳をもつはずである。ホロコーストの生存者に耳を傾け、アンネ・フランクをかくまったオランダ人に尊敬の念を抱き、そして自分をもっと高めようと精進するのだ。だから、私が思うに、ミス・Gとの出会いがなければ成長するきっかけは高校時代になかったのだろうが、一旦成長が始まったら、だれがその子たちを担当しようと、聞く耳を持ったにちがいない。そうすると、今まで偏見を持っていた教師たちも、成長する筈である。Freedomwriters2
 映画Pay Forwardを思い出した。悪いことも伝播するが、良いこと(成長や幸せ)も伝播するのだ。人の痛みを自分の痛みとして感じとれる感受性が、人を成長させるのだ。そのことが実感できただけでも、この映画を見る価値はあった。 ただ、同僚の教師に成長する機会が与えられなかったこと、伝播する機会もなかったことだけが残念であった。彼らは決して悪人ではない。他の大多数の子どもたちには良い先生なのである。

 最後に、私は「仕事をとるか、俺をとるか」という夫には決してなりたくない。人の痛みがわかっていない証拠だから。と同時に、夫の痛みに気付かなかった(サインは幾度もあった)ミス・Gに同情するが、彼女も自分の未成長の部分を認識できたのではないか、と思った。

2008/04/21

大いなる陰謀(Lions For Lambs)

羊(のように臆病な司令官)に指揮されたライオン(のように勇敢な兵士)の部隊は怖くない

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 首都ワシントンでの政治家とジャーナリスト、カリフォルニアでの大学教授と学生、この2つの討論と、その討論の元となっているアフガニスタンの戦場という3つの場面で構成された映画。トム・クルーズ、メリル・ストリープ、ロバート・レッドフォードという大スターの共演も話題。
  
 映画は正味90分ほど、そして映画の進行もほぼ同じくらいの時間経過、3つの場面が同時進行、とくればTVドラマ「24」の設定と同じ。違いは、メッセージと演出。

 この映画は、アメリカ現政権のアフガンやイラクにおける軍事行動に対する批判的メッセージであることは間違いない。それを、政治的だ、とか、民主党のプロパガンダだ、と批判するのは簡単だ。そういう側面があることは否定できない。ただ、それだからと言って映画製作者による問題提起から目を背けることは、無批判に現実を追認するだけになってしまうだろう。

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 トム・クルーズ演じる保守党政治家は、戦いを始めたら負けてはいけない、強いアメリカでなくてはならない、という考え方の象徴。そして、アンドリュー・ガーフィールド演じる大学生は、政治に絶望し無関心を装いつつ現状の生活の中にだけ喜びを見いだすという考え方の象徴である。これが、おそらくアメリカの主流。
 それに対して、メリル・ストリープ演じるリベラル派のジャーナリストは、報道と収益(または経営)の狭間で苦しみながらも、真実を追究しよう、批判精神は持ち続けようと言うジャーナリスト魂の象徴。ロバート・レッドフォード演じる大学教授は、教え子を戦場に送ってしまった罪悪感と、学生に対する影響力の低下を嘆く、アカデミック界の象徴だろう。もちろん、製作者であるクルーズやレッドフォードはこちらの立場に自らを重ねていると見て間違いない。
 この2つの対立が、まさにアメリカ、いや日本においても日常的なものだ。そして、お互いの意見をこの映画のように、「さし」で討論することがなくなりつつある現状に警鐘を鳴らしているのだ。一切の演出やエンタテーメント性を排除し、ストレートに「討論」という形式で提示したのだ。

 原題の、Lions For Lambsは「羊によって率いられたライオンたち」で、第1次大戦にイギリス歩兵部隊を見殺しにしてしまったイギリス軍司令部について批評したドイツ軍人のことばから引用しているそうだ。曰く、「羊(のように臆病な司令官)に指揮されたライオン(のように勇敢な兵士)の部隊は怖くない。怖いのは、ライオン(のように賢い司令官)に指揮された羊(のように従順な兵士)の部隊だ」。力の無いものほど、臆病な者ほど、自分の力を誇示するものである。今や唯一の超大国となったアメリカ、その政権に対し容赦ない罵声を浴びせたと言っても過言ではない。よほど自分たちのポリシーに自信がなければこんな映画は作れない。その意気込みは、出演者たちの迫真の演技に現れている。恐ろしいほどの迫力だ。

 ただ、あまりにも一切の演出やエンタテーメント性を排除し、ストレートに表現したために、難解だ、面白くない、と批判されるのは目に見えている。対照的なのは、マイケル・ムーア。「華氏911」はドキュメンタリーの手法を用いた政権批判映画だと言えるが、単なる批判ではなく、それをクスっと笑わせるような、皮肉たっぷりの映像で表現した。
 ムーア監督ほど、キテレツにしなくてもよいが、志願兵としてアフガンに向かった大学教授の教え子2人のエピソードをもう少し掘り下げるなどすれば、ストーリーに深みができ、彼らへの感情移入がもっとできたのではないかと思うのだ。20分もあれば、そんな演出も出来たのではないだろうか。なぜなら、志願兵となった学生はアフリカ系とメキシコ系、まさにアメリカの底辺の象徴なのである。彼らの犠牲の上に今のアメリカの平和が守られているのだ。これほど象徴的な存在はないはずだ。だからこそ、もっとストーリーを加えて欲しかったのだ。

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 最後に、2つの討論の後の場面に注目してもらいたいと思う。 
 ストリープ演じるジャーナリストが、取材後に編集長に対して見せる情熱的な演技は圧巻である。ホワイトハウスと兵士の墓地をタクシーから眺める時の表情は、製作者たちの表情でもあろう。
 大学生と教授の討論のあと、テレビの芸能ニュースの画面で米軍のアフガン新作戦が行われたことをテロップで流す場面は、アメリカや日本を始めとした西側諸国の現状を如実に表している。そう、戦争はすでにニュースでしかなくなっているのである。大学生が見せる表情こそ、我々の表情なのだ。

2008/04/14

フィクサー(Michael Clayton)

よく練られた脚本に感服と驚嘆
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 ジョージ・クルーニーのアカデミーノミネート作品。法律事務所の裏稼業人(フィクサー)が主人公のこの映画、日本語のチラシで、その仕事振りにかかわって事件が起きる、と思って鑑賞しました。が、いい意味で裏切られました。そもそも原題はMichael Clayton、つまり主人公の名前。観賞後の感想として、サスペンスというより、人物描写を中心とした人間ドラマを楽しませてもらった、という印象です。まず、脚本が良く練られていると感じました。いきなり、何のことだかわからない電話の声で始まり、怪しい雰囲気の賭博場の様子、裏仕事の依頼が入り現場に向かう、そして事件が起こる、と、何が何だかわからないまま映画がスタートしたところで、観客に謎を残したまま、過去に戻り、順にストーリーを進めて行く。よくある演出なんだけれど、この謎説きが実に巧妙にその後明かされていくのです。監督脚本のトニー・ギルロイの綿密に計算されたアイデアに唸りました。
 主人公マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)の人物描写も過不足なく表されています。裏稼業に回された経緯とそれに伴う彼の苦悩、別れた妻との間の息子への愛情、弟や従兄弟に対する複雑な感情、同僚弁護士アーサーを心配し気づかう様子などが長すぎない程度の様々なエピソードで紹介されます。彼がとる最後の決断も、そうしたエピソードを並べた後ならば、ごく自然に受け入れられます。特に、息子が大好きだった冒険ファンタジー小説「王国と征服」の一節を息子がマイケルに語る場面、アーサーにも電話で語る場面があるが、それらが大きな意味を持つ場面であったことが、アーサーの身に大事件が起こった後にわかるようにできています。その一節とは、「王国の中では誰が敵か味方かわからない。信用できるのは自分1人だ。」「正義を進めるために、人々を結集する」(うろ覚えなので正確ではないかもしれません)で、マイケルにとってもアーサーにとっても自分の決断のひとつのきっかけになったと思えます。そして何より、その小説の中の馬の挿し絵がマイケルの命を救うことになったことで、彼の決断はハッキリしてくるのです。綿密に練られたストーリーなのです。
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 また、適役の農薬会社法律顧問のカレンを演じるティルダ・スウィントンの人物描写も巧みでした。強気一辺倒に見えるカレンが身体の震えを止められずに部屋やトイレで見せる不安げな様子は、悪事に手を染めながらも良心の呵責に苦しむ姿を端的に表現したと言えます。この時の演技だけでもティルダ・スウィントンのオスカー受賞当然、といった印象を受けました。
 ただ、気になった点を挙げるとすると、農薬会社サイドで悪事を働く実行犯とカレンが直接やり取りする場面でしょうか。同じく製薬会社にまつわる犯罪を描いた「ナイロビの蜂」のように、直接手を下さず、実行犯はさらに「下請け」に出す、という方がリアリティがあるような気がします。単にもう1人のフィクサーを間にはさんで指示を出せばよいのですから。
 カーチェイスもなく、銃の撃ちあいもなく、犯人探しの謎もなく、派手な盛り上がりもない、ある意味淡々とストーリーが進む映画なので、眠たいだけの、よくわからない複雑な映画と言う印象しか残らないかもしれません。でも、ストーリーの様々な仕掛けに気付けば、この映画のよさがわかってもらえるのではないでしょうか。

2008/04/13

ミス・ポター(Miss Potter)

イギリス湖水地方に行きたくなった

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 レニー・ゼルウィガーのキュートな魅力が存分に発揮された映画だ。彼女が演じるビアトリクス・ポター役は、表面的には気が強く、信念を持った行動をとるが、内面は気弱で繊細な心を持つ女性だが、それを見事に演じている。レニーファンは大喜びすること間違いない。
 何よりこの映画の魅力は、ビアトリクス・ポターがピーター・ラビットを描くのにインスパイアーされたイギリス湖水地方の暮らしと風景が、本当に魅力的に描かれているという点である。蒸気機関車が田園・湖岸を走る様子、幼少時代および大人になってからのポターが、湖岸を歩く様子や避暑地として過ごす家、遠景で映し出す風景、どれも美しい。映画の撮影地に行きたくなる映画の一つであることは間違いない。
 また、これだけ自然の美しい映像を見せられたら、ポターがナショナル・トラストで自然保護の運動に力を入れているのも頷ける。自然保護運動に打ち込んでいく心情は、台詞ではそんなに多く表現されてはないが、映像でそれを上手く伝えていると思う。ポターの悲しみ・苦しみ・悩みそして喜び・情熱などが表される場面では、必ず湖水地方での暮らしの場面が思い出されるような映像が挿入される。監督クリス・ヌーナンは映画「ベイブ」で主人公の農夫に多くの台詞を語らせず、表情と情景で彼の性格を描き出した。今回もその手法をとっていると考えてよいのではないか。ヌーナンの真骨頂と言える。
 また、話題になった、アニメーション合成映像は、期待したほど面白くも衝撃的でもない。むしろポターの伝記的映画に、空想的な雰囲気を醸し出すための1アイデア程度のものと考えた方がよさそうだ。そう意味では、ポターがピーター・ラビットを創作する心境を上手く表すための映像だと言える。
 惜しむらくは、ユアン・マグレガーの存在感が薄かったことだろう。それは、ユアンの演技力のせいではなく、脚本・演出面での弱さと見た。2大トップスターを主演と助演に配した割には、ポターが恋心を寄せたユアン演じるノーマンの描き方があまりにも貧弱である。レニーファンは満足できる映画でも、ユアンファンには物足りないかもしれない。

2008/04/11

8マイル (8 Mile)

ラップの本質がこの映画の中にある 
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 白人ラッパー、エミネム主演の自伝的映画。デトロイトの通称8マイル・ロードは、貧民層の住む地域と、富裕層の住む地域の境目。その貧民層で生まれ育ったエミネム演じるジミー(通称ラビット)が、黒人ラッパーに挑戦していく物語。
 とにかく、貧困の度合いに驚く。アメリカにおける貧富の差は、日本の比ではない。黒人やヒスパニックなどの移民に貧困層が多いのだが、ラビットのようにpoor whiteと呼ばれる白人貧困層も、出口のない暗闇に放り込まれたようなもの。ラビットがそんな中でも夢を無くさず、現実にもしっかりと向き合い、懸命に生きている姿に、エールを送りたい気分になる。働かない母、幼い妹を思う気持ちも痛い程よくわかる。エンディングもアメリカンドリーム達成でハッピーエンド、という単純なものでもなく、日常生活に戻っていく所にリアリティを感じることができてイイ。ただ、母親の恋愛話や、新旧ガールフレンドとのストーリーはやや軽薄な印象でしかなく、物足りなさを感じる。

 ひとつの発言に1回はf**kという猥語が出てくるような、汚いことばのオンパレードなのだが、何でもかんでもラップにして、ライム(韻)を踏ませようとする言葉の操りには脱帽だ。映画でラップを語る場面で、何度もskill(スキル:技能)と言うことばがでてくる。韻を踏むラップの歌詞(リリック)を作って歌う技能のことをスキルと呼んでいる。言葉は汚いが、言葉の音に敏感である、というのは一種の文学的な雰囲気を醸し出していると感じる。現状に対する不満と怒りを表し、相手に対して攻撃的なリリック。そんなラップの魅力を十二分に見せてくれる映画だ。
 
 エミネムは実際、地元で懇意にしていたラッパーと、自分が有名になった後にアルバムを共同製作している。昔の仲間との強い絆を表すエピソードだ。苦楽を共にした仲間は、一生の友なのだ。
 ただ、同性愛者への攻撃的で差別的な発言は、自身が差別された、虐げられたことヘの裏返しであるにしろ、戴けない。音楽に魅力は感ずるが、その発言は全て受け入れられるものではない。差別されたものが、また誰かを差別する、のでは、差別は無くならないし、問題の解決にはならないのだ。

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