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映画タイトル別一覧

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    外部HPに、当ブログの映画レビューの記事「映画タイトル別一覧」を作りました。

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2011/03/05

英国王のスピーチ(The King's Speech)

国王は神ではなく、一人の人間である
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 国王、それに王位継承者も、完ぺきな人間であるはずはないんですね。欠点もあれば、問題行動もある、普通の人々(common people)と同様、か弱き一人の人間なんですね。現人神ではないんです。

 ジョージ5世が息子バーティ(後のジョージ6世)を叱りつけるシーンが冒頭にありました。そんな強権の父親、晩年は認知症であったような描写がされています。悲しいかな、王位にある人でも、至れり尽くせりの医療を受けようとも、かかってしまう病気はあるのです。

 バーティの兄エドワードも、人妻(妖しい響き!)に心動かされ、ついには結婚してしまいます。経済的に恵まれた王位継承者も、よくある世間の不倫をしてしまうんですね。

 そして、この映画の題材となった、ジョージ6世自身の吃音。こういうものは、王室としては隠し通したいことでしょう。たとえ隠せなくとも、もっと「美しく」描くものでしょう。ところが、普通の人々と同様な治療を受け、その治療の方法に対して感情をあらわにし、Fワードまで口走ってしまう、なんてことは(一つ間違えば)王室の権威そのものが下がってしまいかねないわけです。その苦難を克服する過程が美談だからいいじゃない、と言われるかもしれないが、どこぞの隣国の北の将軍様とその息子さんでは、絶対に、絶対に、あり得ません。日本だってタブー視されます。このように、国王を一人の人間として描くのは。王室(日本では皇室ですが)の許可が得られないだけでなく、いわゆる「その周りの人たち」からの圧力(というか「脅し」というか)があるでしょうから。

 しかし、英国なら出来てしまうんですね。そこが素晴らしいところ。国王であっても、一人の人間として、悩み、傷つき、怒り、、、、。そういう普通の人と同じく、ちょっと情けない行動をとるんだ、ということを見せてくれます。そこにこの映画の意義があるんでしょう。日本も、どこぞの北の隣国も、見習って欲しいものです。

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 この他、印象に残ったことをいくつか。

(1)ジョージ6世を演じたコリン・ファース、こういう「ちょっとひ弱な男」を演じさせたら、彼の右に出るものはいないでしょうね。アカデミー主演男優賞、納得の演技です。

(2)その彼が、王位を継承した直後に2人の娘たちと顔を合わせた際、いつもなら駈けよって来る2人が、国王への礼儀を示し、駆け寄るのを躊躇した場面があります。その時の、彼の寂しそうな表情、絶品です。

(3)久々に、英国の綺麗な英語発音「クイーンズ(キングズ)・イングリッシュ」を聞きました。アメリカ式の、舌を「こね繰り回す」発音より、英国式発音が私は好きです。こっちの英語が「スタンダード」であって欲しいなあ。真面目な顔してFワードを発する国王と、英国式発音の綺麗さのアンバランスが。何とも面白かったですね。

(4)英国人が、オーストラリア人を蔑視する姿、当時の現実でしょうが、悲しいものがありました。いつの時代も、「自分より下」の層を作ることで、自分の権威を保とうとするものなんですね。人間の浅ましさを見ました。

2011/02/22

ヒアアフター(Hereafter)

エンディング、私ならこう解釈します!
(ネタバレありです)

 約9ヶ月ぶりに記事を書きました。この間、記事を書く元気がなかったのと、書きたくなる欲求に駆られる作品(良い意味でも悪い意味でも)に出会わなかった、というのが、記事休眠の理由です。復活のきっかけは、クリント・イーストウッド監督の新作であるこの作品!

337959view005  クリント・イーストウッド監督は一筋縄ではいきません。賛否両論のあるエンディングを用意して、こう言っているんですね。「俺はこう考える。さあ、あんたは、あんたならどうする」と観客に問いを投げつけるんです。そこが、彼の映画を楽しめるツボなんですね。

 今回もやってくれました。
 ただ、今回は本来ならネタ明かしすべき所を、監督は隠しました。あえて、隠した、と私は見ました。映画を観た人だけに語りますので、見ていない人は絶対に読まないでください。

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337959view001 ジョージがマリーに送った手紙には、何が書かれていたか。あえて隠したんでしょう。さて、なんと書かれていたか、あなたならどう考えるか、というわけです。
 私は、こう考えました。

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 マリーさん

 あなたの著書を読みました。津波にのまれ、臨死体験をされたとのこと。その際に見た光景が、死後の世界(the hereafter)ではないか、という思いが離れられないのですね。

 実は、私は死後の世界が見える霊能力を偶然に持ってしまいました。「持ってしまった」というのが正しい言い方です。一時は霊能者として多くの方の依頼で、死者と交信したのですが、それは依頼者にとっては希望の叶うことでしょうが、私にとってはcurse(呪い)以外の何者でもありません。辛いのです。そのために、片頭痛は止まらず、不眠に悩まされます。
 その私が見た死後の世界は、あなたが体験したものと同じなのです。あなたの考える死後の世界は、私の見たものと全く一致します。
  そして、もう一つお話したいこと。それは、あなたもその臨死体験の中で、ずっと心に残っていることがあるのではないか、ということです。それは、助けられ なかった女の子のこと。私は手を握ることで、その人の忘れられない死者のことが見えます。ブック・フェアであなたにサインをしていただいた際、あなたの手 に触れました。その時、女の子が見えたのです。手にぬいぐるみを持った、アジア系の女の子が。その子への、なにがしかの思いが今のあなたの行動に影響を与 えているんではないかと。
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 さらに、私ごとになりますが、私の見る死後の世界を体験(かいま見た)あなたは、ひょっとすると、私の悩みの解決のお手伝いがしてもらえるのではないかと思うのです。同じ悩みというわけではありませんが、私の気持ちを理解していただけるのは、あなたしかいない、と。

 お会いして、お話がしたいと思っております。

                  ジョージ
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 そ して、彼はマリーに会いました。そして、彼女を見た瞬間に、死後の世界ではなく、未来が見える、ひらめく、という感覚が湧きました。過去ではなく、未来に 向けて生きる力が沸くのです。最初は手を握ることで、また見たくない死後の世界を感じることを恐れた彼ですが、手袋を脱ぎ、未来を感じるのです。
 マリーにとっても、臨死体験以降、自分を理解してくれる人に出会えないまま、悶々とした思いで暮らしてきた所に、自分の考えを理解してくれる人に出会え、喜ぶのです。

 というのが私の答え。いかがでしょうか。

2010/05/01

プレシャス(Precious)

生まれた子どもはみなプレシャス(貴重)  
    ネタバレありです。  
335599view002  この映画のストーリーは、サファイアによる小説『プッシュ』を元にしているそうですね。この小説、現実に起こっている様々な問題を、プレシャスという一人のティーンエイジの女性に投影させたフィクションストーリーとのことです。
 映画版でのタイトルのpreciousは主人公(クレアリース・プレシャス・ジョーンズ)のミドルネームであると同時に、「貴重な」という意味でもありますね。親から虐待を受けてきた娘がプレシャス、だなんて、これは(1)現実とは違う想いを子どもにつけたのか、それともごく普通に、(2)そうなって欲しいという思いで名付けたのか、どんな意味なのかなあ、と考えました。映画のトレーラーなどから推測するなら(1)なんだろうなあ、と予想しつつ観賞していましたが、映画の後半、どんでん返しがありましたね。母親の思いが吐露された際に、プレシャスが生まれた時点では確かに(2)だったんです。

 そう、この世に生を受けた子どもは、親にとってはprecious(貴重)な我が子なんです。

335599view003_2    それが、不幸な事件(犯罪ですが)により、そのプレシャスさが逆転してしまうという現実。可愛さあまって憎さ百倍、とも言うように、強い愛情が一つのきっかけで反転する恐ろしさ。そんな現実を見させられました。うーん、見ていて辛い、、、、。
 日本でも今、我が子・幼児虐待の事件が報道されない日はありません。レイプ、とまではいかなくても、何かのきっかけで愛情から憎悪に変わっていってしまった経過があるのでしょう。これを解決する方法は何、、、と考えさせられました。実に重い、、、。

20100105005fl00005viewrsz150x  でも、プレシャスが、最初から最後まで、父からのレイプによって生まれることになった2人の子どもに、愛情を注ぎ続けます。「誰からも愛されていない」と思っている彼女にとって、子どもはprecious(貴重)そのものなんですね。過酷な人生であっても、純粋に生きている、我が子を愛するプレシャスの姿に、希望の光が見えます。

 さらに、子どもへの愛情とともに、学ぶことへの喜びを見いだす所も素敵なんです。彼女が学ぶ代替学校の名前であるEach One Teach Oneとは、教育を受ける機会のなかったアフリカ人に、教育を通じて無学からの脱却を図り、社会的な地位を向上させようという運動のスローガン的な言い回しだそうです。絶望からの脱却の第一歩は教育、なんです。それを伝えようとしているこの映画に、希望の光が見えます。

 父親(母のボーイフレンド)から受けたレイプのトラウマから、現実からの逃避を意味する幻想を見るプレシャス。その映像が中盤過ぎまで所々に、それこそ突然に挿入されます。幻想の中では、彼女はスーパースターであり、カッコいいボーイフレンドがいて、時にはブロンド髪のスタイル抜群の白人女性だったりするんです。その映像の意味が何だろうと、映画鑑賞中ずっと考えていました。
335599_100x100_004  その幻想は、後半になくなりました。プレシャスが、辛い現実の中から、母親から離れ、教育を受ける喜びに希望を見いだし、我が子と暮らすことに希望を見いだしたことで、過去のトラウマが消えていく、ということでした。現実と向き合いながら、前向きに進もうとするプレシャスに、もう幻想は要らない、ということなんだ、と気づきました。

 過酷な環境でも希望の光を見いだそうとするこの映画、実にpreciousです。

 最後に一言。母役のモニークの熱演も見ものですが、マライア・キャリーがノーメークでソーシャルワーカー(福祉課の職員)役を演じる姿もなかなかです。

«シャッター・アイランド(Shutter Island)

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