英国王のスピーチ(The King's Speech)
国王は神ではなく、一人の人間である
国王、それに王位継承者も、完ぺきな人間であるはずはないんですね。欠点もあれば、問題行動もある、普通の人々(common people)と同様、か弱き一人の人間なんですね。現人神ではないんです。
ジョージ5世が息子バーティ(後のジョージ6世)を叱りつけるシーンが冒頭にありました。そんな強権の父親、晩年は認知症であったような描写がされています。悲しいかな、王位にある人でも、至れり尽くせりの医療を受けようとも、かかってしまう病気はあるのです。
バーティの兄エドワードも、人妻(妖しい響き!)に心動かされ、ついには結婚してしまいます。経済的に恵まれた王位継承者も、よくある世間の不倫をしてしまうんですね。
そして、この映画の題材となった、ジョージ6世自身の吃音。こういうものは、王室としては隠し通したいことでしょう。たとえ隠せなくとも、もっと「美しく」描くものでしょう。ところが、普通の人々と同様な治療を受け、その治療の方法に対して感情をあらわにし、Fワードまで口走ってしまう、なんてことは(一つ間違えば)王室の権威そのものが下がってしまいかねないわけです。その苦難を克服する過程が美談だからいいじゃない、と言われるかもしれないが、どこぞの隣国の北の将軍様とその息子さんでは、絶対に、絶対に、あり得ません。日本だってタブー視されます。このように、国王を一人の人間として描くのは。王室(日本では皇室ですが)の許可が得られないだけでなく、いわゆる「その周りの人たち」からの圧力(というか「脅し」というか)があるでしょうから。
しかし、英国なら出来てしまうんですね。そこが素晴らしいところ。国王であっても、一人の人間として、悩み、傷つき、怒り、、、、。そういう普通の人と同じく、ちょっと情けない行動をとるんだ、ということを見せてくれます。そこにこの映画の意義があるんでしょう。日本も、どこぞの北の隣国も、見習って欲しいものです。
この他、印象に残ったことをいくつか。
(1)ジョージ6世を演じたコリン・ファース、こういう「ちょっとひ弱な男」を演じさせたら、彼の右に出るものはいないでしょうね。アカデミー主演男優賞、納得の演技です。
(2)その彼が、王位を継承した直後に2人の娘たちと顔を合わせた際、いつもなら駈けよって来る2人が、国王への礼儀を示し、駆け寄るのを躊躇した場面があります。その時の、彼の寂しそうな表情、絶品です。
(3)久々に、英国の綺麗な英語発音「クイーンズ(キングズ)・イングリッシュ」を聞きました。アメリカ式の、舌を「こね繰り回す」発音より、英国式発音が私は好きです。こっちの英語が「スタンダード」であって欲しいなあ。真面目な顔してFワードを発する国王と、英国式発音の綺麗さのアンバランスが。何とも面白かったですね。
(4)英国人が、オーストラリア人を蔑視する姿、当時の現実でしょうが、悲しいものがありました。いつの時代も、「自分より下」の層を作ることで、自分の権威を保とうとするものなんですね。人間の浅ましさを見ました。











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