再会の街で(Reign Over Me)
愛が私を支配する・・・悲しみは、分かち合える人がいて癒される
原題がReign Over Me。The Whoの1973年の名盤「四重人格」の名曲のタイトルから引用されている。フー以外にも、ブルース・スプリングスティーン、ジャクソン・ブラウンの70年代の侏儒の名作が流れる。それらにも涙しながら、鑑賞できる、素晴らしい人間ドラマ。主人公チャーリーを演じたアダム・サンドラーの好演を見逃すことは後悔に値する。多くの人に見てもらいたい作品だ。
同時多発テロ911で妻と3人の娘の家族すべてを失った主人公チャーリー。仕事も辞め、仲良くしていた友人達からも離れ、妻の父母からも遠ざかり、1人ニューヨークのアパートで、毎夜ゲーム(PS)をして過ごす。PTSD(心的外傷後ストレス障害)であるのは間違いないが、これほどまでに心を閉ざす彼の心境とはどういうものなのか。
それは、家族との忘れられない思い出の記憶が彼を苦しめる、ということではないか。幸せな時代を思い出せば思い出すほど苦しみが増す。ならば、忘れたらいいのか。否、である。忘れられるはずがない。だからこそ、家族と暮らしたアパートを離れない。思い出すことを避ける。ゆえに自分の家族をよく知っていた仲間たちから遠ざかる。
The Who の Love Reign Over Me(愛が私を支配する)が、彼の心を代弁している。
愛だけが雨を降らせることができる。
海岸が海にキスされるように。
愛だけが雨を降らせることができる。
大地に横たわる恋人たちの汗のように。
愛よ、僕を支配せよ。
僕の上に雨を降らせ。(拙訳)
雨は神が人々にもたらす言葉である、と言われている。天が彼に語りかけるのだ。優しく、そして辛く、雨となって語りかけるのだ。家族への愛が彼を支配する。それが、彼の心境すべてである。
彼は、何度もキッチンのリフォームをしている。妻との最後の会話が、キッチンのリフォームについての話であったからだ。彼は妻からその話を持ちかけられた時、聞こうとしなかった。その記憶も彼を苦しめる。それゆえのキッチンリフォームなのだ。忘れられない最後の会話の影響がここにも表れている。家族への愛が彼を支配しているのだ。
そんなチャーリーの苦しみを一言で言い表した傑出の台詞がある。
「あなたは苦しみを分かち合える人がいるからいい。」
法廷でチャーリーが義母に言ったこの言葉。映画「イントゥ・ザ・ワイルド」での台詞を思い出した。その言葉は「幸せは、分かち合えた時に現実となる」。結局、喜びも悲しみも、共有する相手がいてこそ、なのだ。人間はだれもが、一緒になって喜んでくれる人、一緒になって悲しみを感じてくれる人、が必要なのだ。
チャーリーはその相手が、娘と孫を亡くした義父母でもよかったはずなのだが、彼はそれを拒んだ。家族付き合いをしていた会計士家族でもなかった。1人で苦しむことを選んでしまった。元ルームメートのアランに出会い、若いセラピストに出会い、話すことを促される。しかし同時にその行動は、愛する家族を亡くした深い悲しみに再度襲われる結果となる。彼が一番恐れていた結果だ。一旦は自暴自棄になり、銃を手にする。銃弾がみつからず、そのまま町に出て、警官に銃を向けるという、死を覚悟した行動をとる。逮捕され、精神鑑定を受け、法廷へ。
その時に発せられた言葉 「あなたは苦しみを分かち合える人がいるからいい。」 彼の辛さは、まさにその相手を求められない辛さだったのだ。
そして、彼は変わっていく。ただし、分かち合える人を探し始めたのではないだろう。アパートを移り、部屋の雰囲気を明るくしただけだ。家族を忘れるためではない。記憶がなくなる筈はないのだから。思い出そうとしない自分ではなく、思い出しても強く生きていける気持ちを持ち始めたのだ。立ち止まらず、ほんのわずかな一歩を踏み出したに過ぎない。しかし、その一歩は大きい。そしてきっと、彼は苦しみも喜びも分かち合える人をいつか見つけるだろう。彼の視線は未来を向き始めたのだ。
アランにも、この出来事により大きな心境の変化と、成長が見られるが、私はあえてチャーリーの心についてのみレビューした、ということを最後に付け加えておく。


























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